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目的について考えるために考えるメモ

無目的な男の生活。
気の赴くままにギャンブルに興じ、酒を飲み、エンターテイメントに耽り、惰眠を貪る。

うむ、やはりそれは目的意識がないからであり、主体性がないからだ。
これは、たぶん、いかん。

そこで重い腰をあげて、ちゃんと考えることにする。
この無目的性はどこから来るんだろう。目的ってそもそも必要なんだっけ?どうやって設定するもんなんだっけ?
素直に、目的の設定に取り組めばいいものを、またこんなふうにその作業自体への分析から始めてしまう。
このぶんだと内容の検討を始めるのはまだまだ先なんだろうなあ。

なんて思いながらも、やはりこのメタテーマは非常に深く、面白い。
無目的やそれに伴う無気力というのは、現代の日本の大きな課題だと思われる。
(仕事として企業理念やブランド価値の規定に取り組んできたのもこの課題に向き合いたかったからなのだ)
それで、ひさしぶりの考え事テーマとして掲げてみようと思った。

そうしようそうしよう、と思ってから風呂に入ったら、
ひさびさの考え事に活性化されて、いろいろ気になるサブテーマや論点が思い浮かんでくる。
忘れないようにキーワード化を意識して保持しつつ、風呂上がりにA4ノートを広げてツリーマップ状に描き留めた。

それから、よし、ひさびさブログに書いてやろう、と思って
前置きで「なぜ久し振りなのか」を書き始めたら納まりがつかなくなってしまったのだった(前エントリ)。困ったもんだ。
それで、エントリを変えて書き始めたこれも、まだ内容に辿り着いていない。

まあ、まだ内容といっても問いの広がりだけなんだけれど、今後展開していくベースになるであろうと期待して以下に書き記しておく。


【いかにして最上位の目的は定まるか】

①その効用 目的の“目的”
 -旅における夢の役割 出発のためのゴール
 -動機、エネルギー源として
 -判断軸として
 -
 -
 (いやしかし、効用から考えると目的でなく手段としての扱いになってしまう。
  「なぜ最上位の目的は必要か」は語義から矛盾を含んでいる。)

②なぜ目的を設定をしないのか(サボタージュ、阻害要因、不安)
 -主従の逆転 私と外部 手段化する私
 -「生」の喪失 今と普遍 欲求への制約
 -機会費用 可能性への限定・固定化、思考停止の枠
 -他(者)目的との葛藤
 -義務感の発生
 -目的的であることによる「縁」「情」とのコンフリクト 

③その位置づけ、設定のプロセス
 -共有範囲 目的の主体とは
 -由来 世界観、価値観、環境、無意識、原体験
  >内からか外からか
  >アプリオリか 目的への自由意思は存在するか 
 -意志決定するものか、戦略性は介在しうるか
 -一貫性について
 -人生の段階における変化
 -種類 元型 個性はあるか
 -動機、欲求とはどのような関係か
 -”幸せ”の構造との関係 時間軸
 -志との関係
 -コミットメントについて
 -
 -
④今の自分の価値観について
 -自分の人生を楽しむこと
 -次代へ美を引き継ぐこと
 -社会に喜びを増やすこと 
 -         とか、、、

というようなこと。

今、特に関心があるのは②の、なぜ目的設定しないのか、だなあ。
夢や目標を持つことの効用はいろいろ言われているし、いろいろ言える、
しかしながら、目的設定しない理由=言い訳もまたいろいろ言えてしまうんだな。
実際、今の僕は、目的的に生きていない。
(無目的に漂流するというのもまたひとつの生き方、とも思えるが、、、本当か??)
目的を定めるにあたって、これを越えていきたい。この論点には確信を持って進みたいところだ。

さて、すでに分かっていることもあるがまだずいぶん散らかっている。
これからしばし、「目的設定したくない理由」について、考えてみようと思う。

ーーー

ハードな仕事が一段落した休日。
目的的を装いながら自己目的的に愉しむ考え事



ーー蛇足ーー

そして、、、考え始めるために(このアプローチを踏襲して)「考えない理由」について考える、ことから始める、、、
とか言ってまた内容から遠のいていく、、、ほんとダメな癖ではある。
でもたぶん、余裕があるときに、こういう遡った思索をしているということが
何かしらになるのだ、きっと。たぶん。いつか。      まあまあ、がんばろうっと。


ーー追記ーー

この考えの”オチ”を予測するなら、
「最上位の目的」というものは存在しないという構造な気がする。(論証はまだしない)
そして、それでも有用なのは、方便としての「手段としての目的」なんじゃないだろうか。
それは方便として最大限に機能するように設計すればいいという「戦略的」なものであり。
という一つの仮説。  さて、どうだろう。


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by kuniakimat | 2009-07-22 22:08 | Comments(2)

考えないことについて考えるメモ

深く考えなくなってずいぶんになる。
考えるより感じるとか、味わうとか、そのときを生きるとか、関係性を楽しむとか、そちらに寄ってきているという変化がある。
それと、頭で考え抜いてエッセンスを整理するということについては、2年前から4年前くらいに行けるところまで行った感がある。だいたいのことは解釈できようになったような感覚、底を打った感もなくはないし、それを超える深さまで潜るために必要な、まとまったエネルギーや時間はなかなかとれないという諦めもある。下手の考えなら休んでいたほうがいい。思考は固定化作用がある。浅いレイヤーで固定化してしまったら、自由な深みのある世界の蓋になってしまってつまらない。
一人旅をしなくなったことも大きい。(2年前にサハラ砂漠へ行ったきりになる。あの旅は楽しかった。なんの制約も関係性も感じずにとても純粋に深く考えられたなあと思う。)

もう少し、考えない、ことについて書く。
考える必要がないということもある。そもそも以前はなぜ考え、書こうとしていたか、今となって気づくのは自己の存在確認という目的。考えて表現すること以外に自分を確認することができなかったということ。
何よりも考えることこそ自分が自分であることで、それを極限にまで追求しようとしていた。そこで勝負しようとしていたようなところもある。

それから、現実的に生きていくなかでも、何が何だか分からず、不安でしょうがなかった。暗闇のなかで壁を探ろうと必死で考えていた。
”考える必要がない”のは、考えなければ進めない状況に向き合っていないからということもある。
本当に大事な課題というのはそんなに多くはない。節目節目での判断以外ではいちいち深刻に考える必要はない。ただ問題なのは、節目節目というのは向きあわずに先延ばしにすることもできてしまうということ。その漂流のなかでの思考停止(延期)。

また、考えることへの抵抗も感じるようになっている。それによって損なわれるものがある。損なってしまったものや痛みの記憶や後悔もある。副作用を抑えたうまい思考の扱い方の習得が不十分だという自覚がある。
考えることによって生じていた制約は、考えなくなって気づいた広がりのなかで初めて気づくことでもあったりする。(以前は、考えるということは絶対善として、考えすぎのリスクなんて省みなかった)

こういう状態になって、まだ自分自身、これが何なのか整理しきれていないし、そうきれいに整理しようとも思っていない。というのがこの状態なんだから仕方がない。
けれどもやっぱりときどき不安に思うことがある。僕は考えることをやめてしまって何か大事なものを失おうとしていないか?大事なことと向き合うことから逃げていのではないか?長く考えないことで、考える力が消え失せようとしているのではないか?考えればまた考えることの大きな喜びを思い出すのではないか?、、、

そんなこんなで、またちょっと考えてみようかな、と思う。
ときどき立ち止まって考えるのがいい。たぶん、いま、それに適した時期。
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by kuniakimat | 2009-07-22 22:00 | Comments(3)

仕事メモ

「創造性によって世界を組み上げていく仕事」への強い動機

建築設計、戦略立案、xxx、●●●、、、
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by kuniakimat | 2009-07-09 12:58 | Comments(0)

買い物メモ

これから何十年、家族のいろんなシーンはここが舞台になるんだろうなと思う。

ちょっといい買い物をした。

ブラックウォルナット無垢材のダイニングテーブル(とチェア)

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仕事で「デザイン」の分析をしていたからか
ものを買うときには3つの価値の視点を意識するようにしている。
・機能的価値
・感性的価値
・意味的価値

優柔不断で苦労するのは、
「これが本当に最適か」と不安になっているとき。
このモードだと購入してからも手放しで楽しめない。

そういうときには、意味的な価値に重きを置いてみるとうまくいくことに気がついた。
意味には「最適」なんてものはないし、自分の解釈次第でいくらでも価値を高められる。
(そうすれば、何を選んだかに関わらず満足度は高くなる)


今回のテーブルについていえば、その意味・コンセプトは

「まっすぐ、本物の生命力」

ブックマッチ(本を開くような形で一本の木から二枚に接いだもの)の無垢材で
木目はまっすぐ素直で自然の生命力を感じる。
着色・補色は一切ない本物というところも気に入っている。


何かを選択するときに、決定には価値軸が求められる。
逆にいえば、選択の理由を言葉にしてみれば自分の価値観を意識する良い機会にもなる。
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by kuniakimat | 2009-07-05 02:37 | Comments(11)

動画リンクメモ Skypeでコラボレーション

SOUR「日々の音色」

ウェブでのコラボレーションには創造性とか共感とか同時性とか表現手法
まだまだいろんな可能性があるんだなあと思った。面白いし雰囲気もいいな。
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by kuniakimat | 2009-07-05 01:35 | 動画リンク | Comments(0)