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形状メモ 生旅

形としてはこういうことなんじゃないかと思っている。

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ーー

でもやっぱり、イメージを伝えるにしても
表現力を身につけるというのは、大事だなあと思う。
なかなか自分の思いどおりには表現できなくてもどかしい。

粘土の造形だとか、グラフィックデザインとか、
学習していこうと思う。
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by kuniakimat | 2007-05-29 20:02 | Comments(2)

砂漠で思ったことのメモ  先編後育

日常と離れた旅をしてきて、よく分かったのは、

僕と世界の間には何もない、ということ。
(それは、僕が世界であるということも暗示しているのだけれど)

そして、よく書いてきたように
一貫性のある”自分”なんて存在は甚だ危ういもので、

ただ、こう考えている”私”は、今ここにいる。
そしてそれはただひとえに、
「さっき」と「これから」、をつなぐ点として存在している、
そんな自覚を持つようになった。


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私、意識、存在、世界、神、
といったことについて、確かなことは言えない。
たぶん誰も言い得ない。(または言ってはいけない)


けれど、それでもただ一つ確かなことは
今ここにいる点である”僕”には、これまでにすでに
ものすごい量と質の「何か」が流れ込んできているということ。

(もっといえば、流れ込んできた集合のことを「僕」と呼ぶにすぎない)

 それはDNAであり、物質であり、地球であり、文化、文明であり、
 社会であり、家であり、教育であり、愛情であり。
 生命の歴史であり、人類の成果であり、一族の誇りであり、
 親の想いであり、さっきまでの”僕”の蓄積でもある。

「今ここにいる”僕”は、たくさんのものを預かっている」
というのがただ一つ確かなことで
”僕”はそこを出発点にしようと思う。

 ある意味で、世界に”確かな意味”を見出すことを諦めたのかも知れない。
 (それは、終わりでもあり、なにかの始まりでもあるような気がしている)

とにかく、”僕”に与えられた使命は、
さっきまでの”僕/世界”と、これからの”僕/世界”をつなぐことなんだと思う。

ーーー
ーー


 そこから考えてもやっぱり、
 旅は旅、日常は日常、というわけではなくて、
 旅の果実を日常に持ち帰る、ことはしたほうがいいんだろう。
 (ギャップは紡ぐことに意味があるのであって)


ーー

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「さっきまで」、から受け取ったものを編み上げ、
「これから」、を育んでいく、ということ。
”僕”にできることはそれだけなのかもしれない。


先編後育


ーー

ーーー旅のメモーーー

人に何かを伝える、には準備が有用なことは言うまでもなくて

伝達の前には、探索と統合がある。

探索による発見があり、その反芻、統合によって意味付けがされて
伝達に値するコンテンツが生まれる。

伝達に際しては、探索とは逆の方向(もと来た道)に向かうことになる。

ーー

ーー
ーーー

メモであったとしても
”価値のある気づき”は、すでに構造を持っている

 ①事実⇒②考えられるモデル(構造)⇒③メッセージ(示唆)

意識化される順番にはいろいろあるけれど
きちんと考えたときにはこれが自然と揃うように思う。


ーーー

以下、旅のノートからまとめのメモ

小さなこだわりを捨てる旅
現実と可能性の合流 主体性の所在 ⇒ MIモデル
ネガティブな感情は甘えのあらわれ ⇒ 振り回されたら感謝すること
梵我の間に何もなし ⇒ やりとりこそすべて
個としての使命なし ⇒ 次代へつなぐ
fragileでimportantなものへのfocus ⇒ 大事なものを大切に
行きかう場所、育つ場所 ⇒ オアシスを作る
ムハンマドのネガティブな前半期 ⇒ ネガの後のポジ
偽りのない言葉、写真 ⇒ 「ない」写真、不完全な自然、自由な写真
結ぶ写真 
「守られていない」基本を示す
旅には軌道がある。キャリアORBIT ⇒ 外側へ飛び移れ
Leading driver, hosting organizer, visiting passenger
場の魅力: 圧倒性(すごい)、純粋性(よい)、特殊性(面白い)
メモ、アート、シェア 3つの写真要素
定期的な一人旅の必要性
歴史を学ぶ2つの意味:類推と起源
一日10万円以上の人生 ⇒ できるだけ使うこと
思想体系、能力体系の表現としてのレゴブロック
定価のないアラブ商人 ⇒ 気分価格 pay for value
ゲームとは、その外に意味を持たないものを外から楽しむこと
果てには何もない 果ての宙
先編後育
過去と未来をつなぐのが現在の役割
現実と可能性をつなぐのが私の役割 ⇒ 今、ここの意味
Beautiful と spectacular を使い分ける
解釈の門を閉じない (シーア派) ⇒ 次はイラン旅行
偽りなき生き方をしよう
立面コミュニケーターとしてのイマーム
精神を本質の先に見据える
有晃として生きる (光が有る)
聖俗統合という課題に取り組む
聖とのつながりを保ちながら俗を楽しむ
大事なのは「要」
「あきらめ」としての信仰 (思考停止)
即身成仏
夢の水源を辿る旅
「親密で快適な何か」へ (cf普遍な快適として“隔離”された5つ星ホテル)
矛盾を抱える強さとエネルギー ⇒ 決めない、割り切らない
心理的なホモ結合 ⇒ ヘテロがいいのでは
曼荼羅というレイヤー ⇒ 曼荼羅を扱うコンサルティング
アーキタイプ、イマージュ
東西の地理的距離が近くなった。心の距離が遅れている
内的ピークが外的ピークに先行する それでいい
「ハスラー」のようなコンサルティング cf 絨毯屋の手先としての“ガイド”
帰り道は広くなだらかな下り
表層と深層を行き来する仕事
写真は素材 ⇒ 目的に応じて編集する
本質は言葉の側にある
日本を理解したグローバル人であること

ーーー

旅の本

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一つの思想体系とその成立過程について
イスラムに学ぶことが多い旅だった。

特に井筒俊彦さんのこの本は、本当に面白かった。↓
「意識と本質」
こんなに広く深く考察して書かれた本は、僕は読んだことがなかった。


ーー4冊のポケットメモに描いてあったことーーー


すべてにコンセプト
 
人間の普遍性

鉛筆表現、絵とは何か

苛立ちからは常に学べる

「誘ったほうから切り上げる」という基本

integration
レバレッジポイントな旅
 統合してコンセプトを定め、次の一手を想像する

生旅を体現する

「本物」にフォーカスする旅

見られず、見る旅

迷う時に頭が働く

家を断ち切らない旅

トラブルや不確かさもまた楽し

「一番起きちゃいけないことは
 一番起きちゃいけないタイミングでおこる」

水子の旅
 突然途切れる夢
 
 ほんのささいな失敗 
 とりかえしのつかない結果

criticalな分かれ目 合格発表みたいな

そして受け入れる

big relief!

使えない惨めさをばねに
いい仕事をして稼げる自分であろう

がんばるほどに得する仕事
使うほどに得する遊び

小さな最適化をする癖

写真は観察なき洞察(フレーム)、表現

旅は人生の疑似体験

好転

大事なものを大切に忘れず、
小さな最適化にとらわれるな

遠いものこそをしっかり結びつけてやろう

結ぶ旅

世界を“モノ”にするような”写真家”たち

人間の写真を
 (関係を結んでから撮る)

世界一の歴史、世界一の美
 最高水準のベンチマークとしてのローマ

コト的物語への想像力

小さなこだわりを捨ててしまえ

観察で美しさを知る

写真は飛びすぎる
 もっとよく観て、感じて、想ってから表現したほうがいい

旅の三元: 街歩き、経験、地図

起伏はなぜ美しいか

経験をストラクチャせずに撮る
 そのままの写真、考えずに撮る

彫刻が向いているかも
 立体造形と無色彩
そこに不確実性と相互作用性を加えたい

立体ゲームの構想

ーー

・・・と(時差ボケで眠れない時間に)書き始めて
20分の1も来ていないのだけれど、、
時間がかかるのでここで中断、、、

またいつか、やりとりのなかで。

ーーー
ーー

最近の考え事は言語に依らないことも多い。

個人的な懸案だった、生と旅の統合。 
生旅の形。そこに流れる物語。

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ーー
ーーー


「ここから先は僕の場所じゃない」と思った、果ての空。

そこには何もないと知りながら、何かを期待したのか、
または何もないことを確認したかったのか、
どちらかといえば後者なんだと思う。

全ての意義は、関係の中にある、
そう思っていいんじゃないだろうか。

次代を育んでいこうと思う。
そのためにもきちんと先人から学ぼうと思う。


ーー追記ーー

やっぱりメッセージは相手があってこそのもの。
こうやって書いた文章には「偽り」がかなり混ざってしまっていて。

(それに、未統合な状態で”表現”しようとすると
 ぼんやりしたことを言いきってしまったり、
 かっこつけてしまったりして混乱したり不純になっていく)

こういうことは、一つ一つの関係のなかで自然に活かされるもので、
それでいいんだろうな。

また、直接会ってお話しましょう。
今後ともどうぞよろしく。

(こんなとこまで読んだ人がいるのか分からないけれど)
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by kuniakimat | 2007-05-28 16:57 | Comments(2)

帰国しました

とりいそぎ。



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いい歳してバックパッカー、、、

またどうぞよろしくです。
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by kuniakimat | 2007-05-27 21:24 | Comments(11)

from Fes anyway I`m fine

`This is life`
they say.

In the journey,
there always are unexpected accidents and enlightment.
And that may be the reason why I travel.

Sometimes I feel uneasy, angry, or frightened.

My passport disappers.
The flight is cancelled due to a strike.
The guide with me is arrested by police.

Those incidents let me learn one theory.

Whenever I have any negative feelings,
it is the consequence and evidence of
that I have been dependent highly on something and taken it for granted.

Our `expectation` tends to be so selfish, arrogant, and inappropriate.


Another learning is
it is the critical issue,,, who should be trusted. when, and to what extent.
Trust is a big bet which may lead you further or to the danger.




`The God willing`
They say.

We dont know what happens next
and that is the reason why we love this life,,,


Be careful, but trust,
appreciate, but not depend


`This is life, my friend`
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by kuniakimat | 2007-05-23 19:47 | Comments(2)

Sahara

Things are going well.

Touched the end of my road.
There is nothing but space.
I found there is nothing between the world and I.

The meaning which I confirmed is ... something between you and I for sure.

See you soon
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by kuniakimat | 2007-05-20 03:47 | Comments(0)

Hello from Morocco

How are you?

A journey helps m a lot, when there are many ideas to be integrated.

However, I feel a bit bored as no enviromental stimulants let me break the existing framework of my own.
Maybe I've travelled too much alone...

From tomorrow I spend several days in Sahara desert where might be some unknown world for me.

Anyway I'm doing well and enjoying a lot talking with muslims in Marakesh.
Hope to see you soon with some inspiring ideas and stories.

Au revoir.
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by kuniakimat | 2007-05-17 03:57 | Comments(2)

『魚がくれたもの』  all

『魚がくれたもの』

昔むかし、ある草原の村に二人の若者がおりました。

あるとき二人は、狩に出た先の森で、泉があるのを見つけました。
そこには、おいしそうな魚がたくさん泳いでいるではありませんか。

二人は狩用の槍を使い、魚を何十匹も獲って村に帰りました。
それぞれの家族は大喜びでした。

それから二人は毎日、泉で魚を獲っては
家族に魚料理をご馳走していました。
泉に出かけさえすれば、食べることに心配のない幸せな生活が続きました。

たくさん獲れた日には、魚料理を近所に振舞っていたので
若者たちの料理は村でも評判になっていました。
お礼にもらったお米やお酒も貯まっていきました。

数ヶ月が過ぎたころ、若者たちは池の魚が少なくなってきたことに気がつきます。
季節が変わったからでしょうか、たくさん獲りすぎたせいでしょうか、
他の村の誰かもここで漁を始めたのかもしれません。
今では、一日に取れるのは以前の半分。家族を養うことも難しくなってきました。

一人の若者は考えました。
 僕の生活はこの泉の魚なしにはあり得なかった。
 村のみんなは僕の魚を楽しみにしてくれているし、
 魚を獲ってくることが僕らしさみたいなもんだ。
 この泉でもっと上手に魚を獲ることができないかなあ。

もう一人の若者も考えました。
 僕はこの泉からたくさんのものを与えてもらった。
 今では、しばらく食べていくお米の蓄えもあるし、
 いつのまにか料理するのが上手になった。
 これからの僕にはどんなことができるかなあ。


一人目の若者は、一生懸命工夫をして
魚を獲るのがどんどん上手になっていきました。
狩用の槍ではなく、網を使ったり、村の子供たちに手伝ってもらって、
楽に漁ができるようになりました。
泉の底にいるエビや貝も獲れるようになりました。
魚獲りでは右に出るものがいない、有名人になっていったのです。

けれど、いつしか泉には魚が一匹もいなくなってしまいました。
泉の水温が上がったからだとか、魚が食べていたエビを獲りすぎたからだとか
いろんなことを言う人がいました。
本当の理由は分からないけれど、
魚が減っていくということは、ずっと前から分かっていたことなのかもしれません。


そのころ、二人目の若者は、料理を出すお店を開いていました。
料理の腕の評判を聞いていた村の人たちは
いろんな食材を分けてくれるようになりました。

狩や漁のように大きな獲物に出会う楽しみはもうなくなったけれど
磨いた腕をふるって村の人に喜んでもらえる仕事を
誇らしく思っていました。

泉から魚がいなくなってしまってからも
お店はきっと繁盛していることでしょう。


ーーおわりーー







<ビジネスマンのためのあとがき>


さて、「魚がいる泉」、「料理の腕」、「村での評判」は何を表しているのでしょうか。

探り当てた金脈は、人や企業に、富や能力や顧客をもたらします。
ただし、金脈にも寿命があります。
金脈にとらわれたままでいると、金脈とともにその命を閉じることになります。
忘れてはいけないのは、自分が持つ強みや資産は、「成功をもたらした」金脈だけでなく、「成功がもたらした」ものにあるということ。
時間が経つほどに、組織能力や顧客関係こそが価値源泉の中核になっているということです。
次の一歩を踏み出すために、金脈に置いている方の足を動かす勇気が必要になります。
企業が事業のライフサイクルを超えて成長し続けるために、今、自分/自社が持っている資産をあらためて見つめ直すことが大切なのではないでしょうか。

強いブランドを構築している企業が事業領域を大きく踏み変えている例は多くあります。フィンランドのNOKIAが30年前はトイレットペーパーとタイヤの会社だったことをご存知でしょうか。
IBMが、ハードウェア事業を圧縮して、サービス事業者に転換していったことや、NTTグループが固定電話にとらわれずIP網や携帯電話中心の収益構造に移行したことも、主力事業を踏み換えるという勇気ある決断の成果と言えるでしょう。

これと同じことが、多くの企業にもあてはまります。

(広告代理店が、メディア利権にとらわれずプロフェッショナルサービスを顧客企業に提供していくこと、専門コンサルティングファームが専門領域にとらわれず、課題解決を経営層に提供していくこと、訪問販売事業者が、商品流通にとらわれず使役サービスを信頼関係のある顧客に提供していくこと、といった戦略が必要なのかもしれません。)

ーーー

 きっと個人という単位でも同じように考えられます。
 あなたにとって、「魚のいる泉」、「料理の腕」、「村での評判」は何を表しているのでしょうか。

 育ての親、心に生きる師、愛した男、儲かった仕事、鍛錬になった部活動、などが
 「魚の泉」であるといえるでしょう。

 自分を導いてくれた人・ものに執着することは少なくありません。
 けれど、それは感謝すべき対象であり、依存する対象ではない、
 そういうことかもしれません。

 それはそれとして、明日に向かって、どんな腕で誰との関係を育んでいくのか、

ーーー
ーー






―――

<エピローグ>

魚が届けられなくなって数ヶ月がたち、料理人は
漁師になった友人のことを心配していました。

ある休みの日、もう何年も足を運んでいなかった泉を訪れました。
漁師とその家族が元気なく釣り糸を垂れています。

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 僕には誰にも負けない漁ができる。
 けども魚がいなくなっちゃ、その腕は何の役にも立ちやしない。


―――

お店は今日もたくさんのお客さんで賑わっています。
料理人は、いつものように誇らしく包丁をふるいます。
漁師だった友人は、叱られながらも元気に料理を運んでいます。
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by kuniakimat | 2007-05-12 00:00 | Comments(8)

しばしモロッコへ

また一人旅してきます。

旅のコンセプトは、
「遠くで大切なことを感じること」
日常の流れから離れてもやはり大事だと思うことを
しっかり見据えてこようと思います。

現地特有の良さを感じたり、旅という一つの流れを楽しみながらも
普遍的なことを掴みなおす旅にしたい。

(いつも同じことを言ってるかもしれないけれど)

ーーー

さて、息を止めて久し振りのdeep diveへ。
旅立つ直前はいつもながらどきどきするものです。

それではそれでは、いってきますー

(27日に帰国予定です)
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by kuniakimat | 2007-05-11 23:32 | Comments(0)

仕事メモ 戦略デザイン

戦略デザインという事業


 market innovation
 strategic design


『生活観察に基づいたイノベーション戦略のデザイン』

ーー

それぞれに頼もしい方法論と先生、パートナーの存在

ーー

僥倖、統合、機会、想像、覚悟、実感、船出、感謝


ーーー追記ーーー

6月から戦略デザインというテーマで勉強会を開催しようと思います。
 
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by kuniakimat | 2007-05-10 13:20 | Comments(0)

ポケットメモ

(デイリーポケットメモ)

ーーー

・方法論というレバレッジポイント
 -方法論を「蓄積」して「活用」するビジネスモデル

・観察せずに洞察してしまうビジネスマン(≒多忙人間)

・デタッチング・ジャーニー
 自分の日常を遠くから眺めるための旅

・地球と元気をやりとりする

・想像力が人を駆り立てる

・deliberate rudeness 意図的に失礼な言い方をする
 (悔しさや奮起という感想を意図する)

・エネルギーを保ったまま成熟しよう
 (大人になろうとも老けこむ必要はない)

・パブリックなクリエイティビティとは何か
 (public-private, efficient-creative
という二軸は独立しているか)

・楽しくなくなったら気分転換する
 (何事においても大事)

・夢中で夢を失わないための
 旅の前の旅
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by kuniakimat | 2007-05-09 02:41 | ポケットメモ | Comments(0)