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動画メモ 近くに感じられる”すごさ”

感動っていうのは、
”立面的なコミュニケーション”にあるんじゃないかと思ったりする。

いかに、深い極みまで達していたとしても、
その表現が自分の生活から遠く離れた世界に閉じていたら、
やっぱり自分の心に流れ込んではこなくって。

高尚な哲学も、論理的なきれいごとも、難解な抽象画も、
リアリティのない戦略も、静寂の中の新体操も、(それはそれで美しいんだけれど)

混沌とした普通の日常平面を生きる僕らには、
関係のないことのように思えてしまう。

だから、せっかく突き詰められた深みは、
その美しさを、僕らの平面にまで縦につなげてくれたいいのに、と思ったり、
僕もそんなことができたらいいな、と思ったりする。

(そういうわけで、”立面コミュニケーション”ていう考え方が気に入ってたりする)

前置きが長くなったけれど、
(それに、そういう”高尚な理屈”とは関係ない気もするけど)
こういうの、わりと好き↓

移動の芸術 動画

ワオ、とかいいたくなるよね。


非日常に閉じないアートについて

日常の中にある純粋さについて

ーーー

参考:wikipedia「パルクール」

すごいし、いい、ってことかもしれないな。
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by kuniakimat | 2006-11-30 23:44 | 動画リンク | Comments(1)

飲みメモ a week stimulant

いつもの戦略勉強会および早めの忘年会。

一週間とか一ヶ月の単位で考え事が楽しめそうな
よい刺激たくさんな時間だった。心より感謝。

僕もクライアントとか後輩にはそういう刺激を与えられる存在でいたいところ。
(欲を言えば、同僚、友人、先輩にだってそうありたい。でも焦らない)

ーーーちょっとだけメモーーー

どうやら「分析フレーム」というものを
分析することが必要なところまできた。
拡げる、捉える、絞る とかとか、
ちょっと真面目に詰めてみよう。

ーーー

分かりきったことはいわない。
分からないことこそ話せる関係の有難さ、楽しさ。

全然知らない大きな構造、潮流の視点からの話。
最高に面白い刺激。

ーーー

道化ができる、若さ、強さ、貢献、得るもの。

ーーー

自分がぎりぎり分かるか分からないか、
キワの問いを議論できる場は本当に貴重で
楽しくて有難い。

ーーー

日本をどうするか、という目線。

ーーー

右脳左脳の二元論は早いとこ卒業しよう。
例えば三元観でどこまで語れるか。

ーーー

あと、いろいろ具体的に面白いテーマがあったので、
またしばし考えてみよ。

それと、やっぱり、背景を共有してない人とでも、
短時間で本質的な議論に入るコミュニケーション能力、
これはちゃんと取り組んで高めたいなと思った。
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by kuniakimat | 2006-11-30 00:51 | Comments(1)

メモ 定めて育む 

(思いつきはちょっと大げさなほうが、その後の思考が広がりやすいのだ)

ーーー

大事なことっていうのは、
仕事でもプライベートでも共通しているもんだったりして

公私を切り分けるのでなく、
共通性を抽出して結び付けていく。

ーーー

コンサルティングの仕事には有形の商品/成果物がない。
考え方、フレームワークだけで受注、ということになるんだけど

最近は、こんなフレームで仕事したり

(この考え方からみた顧客特有の状況を診断したり、
 フレームの軸を戦略的な答えを見据えつつ設定していったり、
 考え方自体を浸透させていったり、
 と、現場での仕事が提供価値の大部分というの前提として)

c0040873_12442510.jpg


ーーー

選ぶことと、育むこと。
誰と、どんな関係を育んでいくか、というのは
企業経営においても、個人の人生にとっても
中心的なテーマの一つだと思う。

こういう、「大事だけれど、難しい問題」、には
本当は直観や文脈を大切にしてじっくり取り組んでいくのがいい。

でも、そのやり方で
おかしなところに迷いこんでしまったり行き詰ったときには、
それが本質的にどういう問題なのか、
を一度直視してみることで、新たな展望が開けたりする。

だから、困っている人を助けるプロフェッショナル、としては
「大事だけれど難しい問題」に真正面から向き合う視点、
を提示できることが大きな価値になるんだと思う。

そして、大事だけど難しい問題、っていうのが
本質的であれば本質的であるほど、
その「共通性」は高くって、そのテーマの場が
企業経営であろうと、コンサルティング手法であろうと、人間関係であろうと、
同じ枠組みで捉えることができるのかもしれない。

大切な姿勢は、いつだって
定めて、育むこと、
なんじゃないだろうか。

といってみたりする。


ーーー追記ーーー

最近、僕が作ったフレームとか手法が、嬉しいことに
2次的、3次的に伝播したりすることもあるみたいで、
こういうの、著作権かなんかで守ったら、という考え方もなくはないんだけど、
ちょっと勉強不足だったりして、どうするのがいいのかまだ良く分からないところ。
(詳しい方などいらっしゃたらぜひご助言いただければ助かります)

それでも、まあとりあえずの基本姿勢はオープンソース、
 みんなで考えましょう、みんなで作りましょう、みんなで使いましょう、ってことで、
個人的な姿勢としては、
 作ったものにいつまでも拘らず、自分はどんどん先に進みましょう、
ってことなんだけどね。

あ、でもどこかで活用、転載、修正などするときは
ちょっと感想なりお知らせなり協業提案なりフィードバック、助言なり頂けたら
ちょっと嬉しいなと思います。よろしう。
kuniaki@ann.hi-ho.ne.jp

ーー追記ーー

ちょっと調べてみた。
「日本の著作権法の下では、以下のすべての権利は創作の時点で自動的に創作者(著作者)に発生する(無方式主義 cf.方式主義)。」
ということなので、特に気にしないでいいんだろな。

Wikipedia「著作権」


ーーー追記ーーー

短期的な対応、最適化はさておいて、
もうちょっと先のビジョンでいうなら、
「豊かな世界観を広く温かく共有する」、
っていう感じなんだろうな。

(このフレームに即していうなら)
僕はそういうビジョンを「定めて」、
今、いろんな形で「育んで」いる最中なんだと思う。
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by kuniakimat | 2006-11-29 13:03 | Comments(3)

写真メモ 京都の紅葉 照らし方について

出張帰りに立ち寄った京都はちょうど紅葉のピーク。

永観堂

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はっと息を呑むような美しさ。
日本の秋。きれいだなあ。

ーー追記ーー

光のあて方で、物の美しさが引き出せるもんだな。

物事を、どう捉えるか、どう見るか、どう照らすか、っていうのはほんと大事。
部屋の照明設計でも、写真を撮るときでも、人を見るときでも、経営を見るときでも。

美しさを引き出すための照らし方。
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by kuniakimat | 2006-11-29 01:44 | Comments(3)

飲みメモ 人の間 

友人の結婚パーティ。

「こんなことになるとは。ありがとう」

って気の利いた冗談なわけだし、
本当に僕は何をしたわけでもないんだけれど、
ああ、人と人の間で生きてるんだなあ、と実感する嬉しい会だった。

有難いことに、松村亭飲みには素敵な友人たちに立ち寄って頂いていて、
そこから縁が始まりいろんな形で結実していったりもする。
(今日の二人もそこで出会っていたりして)

言葉通り、人間は人と人との間にあって、
何をするわけでもなく、ただ間にあって。間があるのであって。
間にいるっていうだけでも、いいもんだなと思った。

今日の二人は、とても魅力のある個性的な二人ながら
この二人でしかあり得ないだろうと思えるお似合いぶりで
本当によい縁だなあ、と思った。

ーーー

仕事にしても、人生相談にしても、人の紹介にしても
自分が誰かに影響して、そのことを感謝の言葉に表してもらったり、
それは嬉しい、温かい気持になれることで

けども、当然のように、僕だって影響されていて
誰だって、影響し合っていて、
みんなつながり、流れあってるんだなと思う。

ちょっと引いて眺めてみると、
もっと大きな、時代や人種を越えた、大きな流れがあって
その中で、”自分”は誰かを通じて流れてきたものを受けとり、
そして流し出していったり、そういうことをしている。

繰り返し思うこと、
「松村君のおかげで」っていう言葉は
実際はそんなことじゃないんだけれど、
それでも、自分が世界に参加していること、
つながっていることを感じさせてくれて、
だから、そういってくれたことにほんと感謝だな、と思う。
ありがとうね。

ーーー追記ーーー

例えばうちの飲み会とか、
ただ間にあるだけで自分は何もしないような、
賑やかに手をつなぎあう人たちの中で、
一人、台風の目みたいに穏やかな気持になったりする。

本当は自分なんかよりずっと大きい気流を感じて
その中で、隣の人たちと手をつないでいくのがいいんだろうな、
自分だけ”穏やかな中心”を気取ってるんじゃなくて

そんな分かったような言い方をしながら、
、、まあ、、、そうだな。

ーー

ちょっと生煮えだけども、温かい気持になった日のメモ。
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by kuniakimat | 2006-11-26 00:20 | Comments(0)

転載 「きいちゃん」

養護学校の先生の体験談だそうです。
あるMLからの転載です。いい話です。

ーーー以下転載ーーー

 きいちゃんは私が教員になったばかりのときに出会いました。きいちゃんは教室の
中でいつもさびしそうでした。たいていのとき、うつむいてひとりぼっちですわって
いました。だから、ある日、きいちゃんが職員室の私のところへ「せんせいーー」っ
て大きな声でとびこんできてくれたときは本当にびっくりしたのです。こんなにうれ
しそうなきいちゃんを私ははじめてみたのです。「どうしたの?」そうたずねると、
きいちゃんは「おねえさんが結婚するの。私、結婚式に出るのよ」ってにこにこしな
がら教えてくれました。ああ、よかったって私もすごくうれしかったのです。
 それなのに、それから一週間くらいたったころ、教室で机に顔を押しつけるように
して、ひとりで泣いているきいちゃんをみつけたました。涙でぬれた顔をあげてきい
ちゃんが言いました。「おかあさんがわたしに、結婚式に出ないでほしいって言った
の。おかあさんは私のことが恥ずかしいのよ。おねえさんのことばかり考えているの
よ。私なんてうまなければよかったのに」きいちゃんはやっとのことでそういうと、
またはげしく泣いていたのです。
 でも、きいちゃんのおかあさんはいつもいつもきいちゃんのことばかり考えている
ような人でした。きいちゃんは小さいときに高い熱が出て、それがもとで手や足が思
うように動かなくなって車椅子にのっています。そして訓練を受けるためにおうちを
遠く離れて、この学校へきていたのでした。お母さんは面会日のたびに、きいちゃん
に会うために、まだ暗いうちに家を出て、電車やバスをいくつものりついで4時間も
かけて、きいちゃんに会いにこられていたのです。毎日のお仕事がどんなに大変で
も、きいちゃんに会いに来られるのを一度もお休みしたことはないくらいでした。そ
してね、私にも、きいちゃんの喜ぶことはなんでもしたいのだと話しておられたので
す。だからおかあさんはけっしてきいちゃんが言うように、おねえさんのことばかり
考えていたわけではないと思うのです。ただ、もしかしたら、結婚式にきいちゃんが
出ることで、おねえさんが肩身の狭い思いをするのではないか、あるいは、きいちゃ
ん自身がつらい思いをするのじゃないかとお母さんが心配されたからではないかと私
は思いました。きいちゃんはとても悲しそうだったけれど、「うまなければよかった
のに・・」ときいちゃんに言われたおかあさんもどんなに悲しい思いをしておられる
だろうと私は心配でした。
 けれど、きいちゃんの悲しい気持ちにもおかあさんの悲しい気持ちにも、私はなに
をすることもできませんでした。ただ、きいちゃんに「おねえさんに結婚のお祝いの
プレゼントをつくろうよ」と言いました。金沢の山の方に和紙をつくっている二俣と
いうところがあります。そこで、布を染める方法をならってきました。さらしという
真っ白な布を買ってきて、きいちゃんといっしょにそれを夕日の色に染めました。
 そしてその布で、ゆかたをぬってプレゼントすることにしたのです。でも、本当を
言うと、私はきいちゃんにゆかたをぬうことはとてもむずかしいことだろうと思って
いたのです。きいちゃんは、手や足が思ったところへなかなかもっていけないので、
ごはんを食べたり、字を書いたりするときも誰か他の人といっしょにすることが多
かったのです。ミシンもあるし、いっしょに針をもってぬってもいいのだからと私は
考えていました。でも、きいちゃんは「ぜったいにひとりでぬう」と言いはりまし
た。まちがって指を針でさして、練習用の布が血で真っ赤になっても、「おねえちゃ
んの結婚のプレゼントなのだもの」ってひとりでぬうことをやめようとはしませんで
した。
 私、びっくりしたのだけど、きいちゃんは縫うのがどんどん、どんどんじょうずに
なっていきました。学校の休み時間も、学園へ帰ってからもきいちゃんはずっとゆか
たをぬっていました。体をこわしてしまうのではないかと思うくらい一所懸命、きい
ちゃんはゆかたをぬい続けました。
 そしてとうとう結婚式の10日前にゆかたはできあがったのです。
 宅急便でおねえさんのところへゆかたを送ってから二日ほどたっていたころだった
と思います。きいちゃんのおねえさんから私のところに電話がかかってきたのです。
おどろいたことに、きいちゃんのおねえさんは、きいちゃんだけではなくて私にまで
結婚式に出てほしいと言うのです。けれどきいちゃんのおかあさんの気持ちを考える
と、どうしたらいいのかわかりませんでした。
 おかあさんに電話をしたら、お母さんは「あのこの姉が、どうしてもそうしたいと
言うのです。出てあげてください」と言って下さったので結婚式に出ることにしまし
た。
 結婚式のおねえさんはとてもきれいでした。そして幸せそうでした。それを見て、
とてもうれしかったけれど、でも気になることがありました。
 結婚式に出ておられた人たちがきいちゃんをじろじろ見ていたり、なにかひそひそ
話しているのです。きいちゃんはすっかり元気をなくしてしまい、おいしそうな御馳
走も食べたくないと言いました。(きいちゃんはどう思っているかしら、やっぱり出
ないほうがよかったのではないかしら)とそんなことをちょうど考えていたときでし
た。
 お色直しをして扉から出てきたおねえさんは、きいちゃんが縫ったあの浴衣をきて
いたのです。浴衣はおねえさんにとてもよく似合っていました。きいちゃんも私もう
れしくて、おねえさんばかりをみつめていました。
 おねえさんはお相手の方とマイクの前にたたれて、私たちを前に呼んでくださいま
した。そしてこんなふうに話し出されました。
「みなさんこのゆかたを見てください。このゆかたは私の妹がぬってくれたのです。
妹は小さいときに高い熱が出て、手足が不自由になりました。そのために家から離れ
て生活しなくてはなりませんでした。家で父や母とくらしている私のことを恨んでい
るのではないかと思ったこともありました。それなのに、こんなりっぱなゆかたを
ぬってくれたのです。高校生でゆかたをぬうことのできるひとがどれだけいるでしょ
うか?妹は私のほこりです」
 そのとき、式場のどこからともなく拍手が起こり、式場中が、大きな拍手でいっぱ
いになりました。そのときのはずかしそうだけれど、誇らしげでうれしそうなきい
ちゃんの顔を私はいまもはっきりと覚えています。
 私はそのとき、とても感激しました。おねえさんはなんてすばらしい人なのでしょ
う。そして、おねえさんの気持ちを動かした、きいちゃんのがんばりはなんて素敵な
のでしょう。きいちゃんはきいちゃんとして生まれて、きいちゃんとして生きてきま
した。そしてこれからもきいちゃんとして生きていくのです。もし、名前を隠した
り、かくれたりして生きていったら、それからのきいちゃんの生活はどんなにさびし
いものになったでしょうか?お母さんは、結婚式のあと、私にありがとうと言ってく
ださいました。でも私はなんにもしていませんと言うと、お母さんは、「あの子が、
お母さん、生んでくれてありがとう。私幸せです」と話してくれたと泣きながらおっ
しゃいました。お母さんは、きいちゃんが、障害を持ったときから、きいちゃんの障
害は自分のせいだと思ってずっとご自分を責め続けてこられたのだそうです。もし、
もう一時間でも早く大きな病院に連れて行っていたら、あの子に障害が残ることはな
かったのじゃないか、あの子の障害は自分のせいだと思ってずっと自分を責めていた
と話しておられました。
 きいちゃんは結婚式の後、とても明るい女の子になりました。これが本当のきい
ちゃんの姿だったのだろうと思います。あの後、きいちゃんは、和裁を習いたいとい
いました。そしてそれを一生のお仕事に選んだのです

ーーー
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by kuniakimat | 2006-11-25 13:52 | Comments(4)

動画メモ お笑いから仕事を学ぶ


2,3年前に流行ってた『質問力』について学べる
ダウンタウンの漫才
(前半は下ネタなので開始2分ぐらい以降だけでも)

ビジネスのミーティングやヒアリングでもこういう人は見かけますが
やっぱりあきませんな。
そうそう、と思わせてくれる漫才です。
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by kuniakimat | 2006-11-25 13:46 | 動画リンク | Comments(0)

お勧めDVDメモ 「東京物語」

ルーツに関心を持つようになった。

 どんどん進みたい、という気持ちがある一方で、
 どこまで行っても自分を形作っているのは先人から流れてきたものだし、
 どこへ行くかを選ばせているのも風土に育まれた直感なんだと思う。
 それに、結局どこまでいったって最後には家に帰る。

僕は0歳から4歳までを広島県尾道市で過ごしたんだけれど、
そこは、坂の町として有名なほかに、映画の舞台として有名だったりする。

尾道の代表作、というより、日本映画の代表作なんだけれど
最近になって初めて小津安二郎監督の「東京物語」を見た。

内容については触れないけれど、本当にいい映画だと思う。
(いや、ルーツとか尾道とか関係なく、すごくいい映画だと思う)
お勧め。
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by kuniakimat | 2006-11-25 01:02 | Comments(0)

リンクメモ 6分でできる音感テスト

音感テスト

2つのメロディーを聴いて、同じか違うかをあてるゲーム。
15000人の中での順位とか出ます。

音楽のIQテストみたいなもんでしょうか。

数値化した順位を見ることの功罪、賛否両論あると思いますが、
個人的にはこういうのは前提として向き合ったうえで、
どう取り組むか、に頭を切り替えるのが建設的だなと思う。

 (「向いてないかもしれない」とかで悩んだって進めないからね。
  「まあ、こんなもんだから、仕事にするのはよそう」、とか、
  「この現状から、ものにするには、このぐらいがんばる必要があるな」、とか、
  「せっかく能力があるんだから、どう生かそう」、とかの
  次の動き方につなげる土台にすればいい気がする。)

僕、2回やったんだけど結果は変わらず80.6%でした。
(も一回やったら83.3%だった)

同じ音楽を聴いているようで、
もっと聴こえる人には全然違う音のニュアンスが聴こえてたりするんだろな。

まあ、仕事にするとかでなければ、楽しければそれでいいんやけどね。

小さな差異に気付く感度、っていうのは、
作り手としては高いほうがいいんだけど、
受け手としては低いほうがシアワセだったりするしねー。

 チキンラーメンでおいしく過ごせるのもいいことじゃないですか。
 (そんなシェフはいやだけど)
 流行歌に感動できるのもそれでいいじゃないですか。
 バラエティ番組に爆笑できるのもそれでいいじゃないですか。
 都市生活で潤えるならそれでいいじゃないですか。

・・・と、書いてみると、よく分からなくなったりする。

感度の高低は特性であって、いいも悪いもないとは思うんだけど、
でもやっぱり、一緒に時間を過ごす家族、友人、同僚は
近い感度特性を持ってる人がいいんだろうな。うん、そうだろうな。

で、やっぱり仕事を選ぶときは、
自分の高い感度を活かせる分野がいいんだろな。

ーーー追記ーーー

(でも、感度が高い分野、っていうのは
 完成度が低いものへの違和感も生まれやすいから、
 なかなか満足は得にくかったりするんだろな。)
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by kuniakimat | 2006-11-23 21:22 | Comments(1)

チャートメモ 視点高度について

これまた世界を見る視点の拡がりについて


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こうやってみると拡がりに気付いたり、偏りに気付いたり。

でも、こんなふうに区分をしておきながら、
これはあくまで"解釈"という虚構によって出現するもので、
本来的には、これらは全部ひっくるめて「一つの点」なんだと思うようになってたりもする。

(端折った説明をするなら、結局のところ
 ”刹那に永遠があり、自分の中に宇宙がある”という気がしていて。
 そのときに、縦軸も横軸も包み込まれてしまうということ。)

論理的に詰めて説明するには
まだまだ勉強も思索も足りないんだけど、
答えを先取りして仮説を形にしてみるのもいいかなと。

(また風邪を治してから、もうちょいちゃんと説明したく思います。。。)
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by kuniakimat | 2006-11-23 00:39 | Comments(1)