<   2006年 07月 ( 15 )   > この月の画像一覧

旅行中

しばし不在にしております。

連絡は
kuniaki_m@hotmail.com

ここへのコメントで。

みなさま良い夏を
[PR]
by kuniakimat | 2006-07-30 23:43 | Comments(0)

メモ 北欧いってきます。

「日本人に生まれて幸せ」
と思えることは幸せなことで

ただ、それは
「あなたに会えてよかった」とか
「お母さんの子供でよかった」
というのと同様の主観的な認識なんだろな。

ちょうど今日こんなニュースを見た。↓

ニュース記事:幸福度map

比較による相対的な”幸せ”にそんな意味があると思わないけれど
より"幸せ”とされる人/組織/国から学ぶことはありそうな気がする。

例えば、主観的に幸せと思える、ことを上手に支援してるのかもしれない。

ーーー

明日からしばし北欧旅行へ

ーーー

ーーテーマメモーー

 デザイン、教育、豊かな国、福祉
 充電、つながり、心のイメージ

人間が作り出す美しさとしてのデザイン

ーーー

建築を勉強してたころの感覚が
またふと立ち上がってきた。
楽しい。。

ーーー

過去記事:なぜ自然に学ぶのか

自然に学びたい。美しさは自然にある。と思って
アフリカにいったり、その成立性を観察したりしてたのだけれど、

人間が創りだす美しさというのは、いったいぜんたいどういうものなのだろう。
デザインはなぜ、なにが、美しくあり得るのか。
デザインにおける成立性とは何なのだろう。自然の成立性とどんな関係にあるのだろう。

なかなか興味深いテーマだし、仕事にも役に立ちそうだな、と。

ーーー

アムステルダム→(飛行機)→ヘルシンキ→(豪華客船)→ストックホルム→(特急列車)→コペンハーゲン 

と回ってきます。
[PR]
by kuniakimat | 2006-07-30 11:04 | Comments(1)

メモ チチカカ湖

違和感に向き合い、苛立つなかから気付きが生まれる。

10個ぐらい気付いたら、一つのフレームができてくる。

10個ぐらいフレームができるうちに、イメージが立ち上がってくる。

新しい気付きは、大きなイメージに吸収されていく。

ーーー

水のイメージ

山のイメージ

ーーー

仕事は、注ぐことなのだと思う。
注ぐために溜めるのだと思う。清らかに保っておくのだと思う。
顧客に注ぎ、上司に注ぎ、部下に注ぎ、それがまた顧客に流れ込んだり、
それぞれの泉を豊かにする。

だから、仕事の”評価”というものがなされるなら
注いだことに対してされるのがいいと思うし、
自分でいい仕事をしたいと思うなら、注ぐことを意識するのがいいと思う。

ーー

そういうことを明確に認識する(気付く)にいたったのは、
奪うような活動、発言を続けて、仕事ができるつもり、貢献しているつもり、
になっている輩に直面したからであり、

気付きの源をくれたという意味では僕は、注がれた、のかもしれない。

ーーー

チチカカ湖

高地にある泉のイメージ

ーーー

どうせいつか降りると分かっていながら
山に登る。

ただ、どの山に登るのか、
どんな期間で登るのか、

途中の高地でとどまるのか、


頂上には空にしかなく、
ただ、その先に道はない。

ーーー

豊かに注げる自分であるために、

開いた泉で雨をたくわえるし、
水を無駄には漏らさない。

つながっていない泉に注ぎ込もうとしない。

選ばない。千切らない。迷わない。

ーーー

高地の湖


ーー補足ーー

随分と説明を端折っていたのだけど、
この、高地の湖、のイメージは、
僕にとって、ちょっと新しい統合の結果というかステージで、

これまでに別々にイメージとして持っていた
水の三態の人間観と、往って帰る旅のストーリーと、スケール感や坂を上る成長イメージ、
とかが、ふと一つにまとまりかけたものだった。

気付きっていうのがたくさんあったとして、
それは、大きなイメージへと融合されていって、
せっかくたくさんだったのだけれど
結果として、まとまりのある一つのイメージ(観)へと収束されていく。

ーーー

それならいっそ、気付きをひとつひとつ積み重ねるより、
すでに在るものを観察し、そのイメージから他を類推したほうが早い、ことも多い。

旅なり、趣味なり、スポーツなりで
成立しているものの現場で体感してイメージを得る、っていうのは
大事なことだと思う。
そういうベースがあって、上手にメタファーやアナロジーが使えるようになるんだろう。
[PR]
by kuniakimat | 2006-07-28 00:08 | Comments(2)

行き急がないこと

いや、だからね、僕が思うのは、
インプット・プロセスのスタンスとアウトプットのスタンスは全然違うということなのだ。
それで、若いうちにアウトプットのスタンスばかりになってしまうのは、ちょっと勿体無いよ、ということなのだ。

そりゃね、本質をついたアウトプットというのは
シンプルで分かりやすく整理されたもんだと思う。

けれど、言うまでもなくこの世界はそんな単純なものじゃなくて
その複雑性とか不確実性とか、法則がありそうで例外があるとこだとか、
間違っちゃうとこだとか、不安になるとこだとか、だとか、だとか、そういうのが面白いわけで。

そういうのをちゃんとそのまま見つめて感じて受けとめて
それから反芻したり熟考したり悩んだり相談したり、
そういうふうにして、その世界を学んで、受け容れて、つながっていくんだと思う。

なのに、そういう経験が不十分なままにアウトプットばかり意識してしまうと、
世界の確実で単純で法則があって予測できて整理できる部分にしか触れられなくなってしまう。

若い人がアウトプットなんて考えすぎちゃいけないと思う。
どうせそんな薄っぺらい認識に基づいたアウトプットなんてたいしたことないんだから。
お金とか貢献とか成果とかに囚われずに、この世界はどう動いているのか、感じさせてもらえばいいんだと思う。
それが許されている限りは。

そういう成長の猶予を与えてくれていたのが、ゆるいともいえる日本の社会であり、会社だったのであり、
だから、その、あるがままを感じる成長期を経た人たちが歳を経て豊かなアウトプットができるってもんだったんだと思う。

だからさ、ほんと若いのに、そんな世界を分かりきっちゃったようなことは言わないで、
よくわかんない、もやもやしてる、でいいじゃない。
そんな早く割り切らないでいいじゃない。
本当はこの世界のもっと豊かな部分を受け容れる器があったはずなのに、
そんな小さな水を入れて凍らせないで、

と、僕は思う。

多分、大器晩成っていうのはそういうことなんだと思う。

アウトプットを強要しない環境に感謝して、それを活かして行こう。
あと20年もしたら、ものすごい大きくして恩返ししていくから。

そんなこんなで僕は今日もむにゃむにゃもごもご言いながら
学ばせていただいております。感謝。
[PR]
by kuniakimat | 2006-07-24 23:51 | Comments(3)

日曜日

思い切り風邪を引いて寝込んで復活したら
かなりすっきりした。

どこで何をやるか、なんて大した問題ではなくて
日々どんな気持で過ごしてるか、が大事なのだ。

そんなことを思い出したり、
いろいろと自分が大切にしてることとか好きなことを思い出した週末だった。
なかなか楽しい。

またがんばってこ。

北欧旅行を計画中。
[PR]
by kuniakimat | 2006-07-24 03:07 | Comments(2)

土曜日

なぜ書くのかというと、
やっぱり、書かないと考えないこと、があるからかもしれない。

たくさん感じることがあったなら、
ときどきは考えよう。
ひさしぶりに考えてみたらいい材料が蓄積されてるのに気付くかもしれない。

ーーー

ひどい風邪を引いて寝込んでた一週間。

いろんな飲み会が続く日々。

ーーー

出張続きで、駅で本を買うことが多い。

行動経済学

とても面白かった。
頭の使い方とか、”合理性”の捉えかたとか、
プライシングの考え方とか、人間関係とか、
ほんといろんなことを整理して考えるよい機会になった。

ただ、個人的に
合理的というのは、やはり追求すれば、本質に辿り着くし、
現実を説明できるのだとは思ってる。

現時点で、人間が理解している「理」というのが浅はかだというだけで。

ーーー

図太さや図々しさ。
自分が気持ちよくなるために他者を動員する力、姿勢。

ーーー

どうしようもない僕は、どうしようもない僕として。
それはそれでそういうことだ。
まあ、そんなもんだ。

ーーー

たくさんのよい出会いとか関係とか。

ーーー

型がある世界では、型を学ぶことから始めるべきだと思う。

型を知らない人間が、”創意工夫”で議論しているのを見ると
なんともやるせない気分になってしまう。

ーー

そういう指摘も、厭味なく、建設的にコミュニケートできればいいのだけど、
なんだか面倒くさくってさぼっているんだな。

ーーー

だいたい、やりたくないことを無理してがんばる、っていうのは、
もうしないんだと。

だってやりたくないんだもの。

ーーー

チャレンジの無い生活は、退屈だったりする。

だから、多分、チャレンジはした方がいいんだろう。

ーーー

やりたくないから、やんない、というのは一つの自然なありかた。

やりたいからがんばる、っていうのも、気持ちに忠実なまた自然なありかた。

やりたいことがないっていうのも、それはそれで自然な状態。

ーーー

でも、なんかやってるほうが楽しいのよ。

だから、やりたいかどうかわからないこともとりあえずやってみたり、
やりたくないけどやるべきことには、やる意味をみつけてあげたりするのよ。

ーーー

サイドブレーキをかけたまま走るから
なんかやな匂いがするんだ。

ーーー

どうせなんかやって生きてくんだから、
やること、やると決めたこと、には、動機をつけてあげる。
そういうふうに動機とか気持ちとか感情とかってコントロールできる。

ーーー

 ほんとは一言で言えるって分かってるし、
 すぐ実行できるって分かってるのに、

 何 beat around the bush してんだ。

ーーー

 水のイメージ


ーーー

 成立している作品の美しさ

 陶酔してしまうくらいの成立性

 やっぱ仕事はこうでなくちゃ

ーーー

 明快なストーリーなんて不自然だ

ーーー

人生は旅みたいなもんだと思っている。

別にずっと家にいたっていいんだけれど、
旅はきっと楽しい。

正直、めんどくさいんだけど。

それでも自分をなんとか駆り立てるのは、
家の居心地が悪いのか、そうでないとしたら、
果てに夢を見るからだ。

ーーー

それがどんな形式であれ、
密度が薄いということに危機感を覚える。

ーーー

動機をともなったチャレンジを

ーー

夢を見て、旅に出る

いつか夢は覚めるし、果てには空しかないことなんて分かりながら
夢は動機であり、旅はチャレンジであり、

楽しくチャレンジをする、という
自分の姿勢のマネジメントは、なかなか効果的。

say

life is something like a dreaming journey
[PR]
by kuniakimat | 2006-07-22 13:02 | Comments(0)

拾い物

一昔前に流行ってたダンシングベイビーの実写版。

dancing baby

うちの子天才、と言われても頷くほかないな。
[PR]
by kuniakimat | 2006-07-22 11:10 | Comments(0)

拾い物 メモ

歌って、かなり直接こころを揺さぶる力があるなあ、と思う。

先日、行ったとあるシャンソンのライブがとてもよかった。

ーーー

関係ないけど
歌がうまい子供
[PR]
by kuniakimat | 2006-07-17 16:17 | Comments(0)

メモ 別に論理的でなくったっていいのだけれど、

論理的に説明していないことが問題なのではなく

論理的に(構造を捉えたときに)「成立し得ない」ものを
説明しようとしていることが問題なのだ。

ーー

(矛盾やジレンマを包含する高度な設計は基本を熟知した上でやればよろしい)

ーー

成立するものを提示するべきだし、
成立させるのが責任だと思うのだ。


ーーー追記・補足ーーー

既存の枠組みで説明しえない成立性が現れてくるとき、
新たな構造が立ち上がってくる。

新たな成立性を実現していくときには
それがどんな構造で成立しうるのが明らかにしないとなかなか形にならない。

または先に新たな構造を見抜いているからこそ、
新たな成立性を実現することができる、のかもしれない。

 たとえば、googleの成立とweb2.0の世界観とか、

ーーー

創造性は構造認識を伴う、ということかもしれない。

なかなか面白い。

ーーー追記ーーー

たぶん僕は、あまり論理的に話したり書いたりしないけど、
論理的に成立するかどうかには気を使って考えてる、ような気がする。ようにしている。
[PR]
by kuniakimat | 2006-07-14 10:04 | Comments(0)

日曜日

浅草で買ってきたほおづきが
部屋の焼酎棚のアーチになって、いい感じに映えてる。

ーーー

半年ぶりに飲みにいった父に、
「ホリエモンみたいに太ってきたな」
と言われたので、さすがにダイエットしよう、と思う。

自転車通勤と週一テニスはしてるんだけどな。
たぶんビールのせいだな。

ーーー
ーーー

マーケティング分析によると
顧客層の重複がないように思われる場合だって、
例外の数は結構ある。

生旅ブログと読者層が極めて遠いはずの女性誌に
5mm四方の僕の写真が載ってたのを発見してくれた方がいた。
(CanCamの2週間ぐらい前に発売されたものらしい)
ご連絡ありがとうございました。

ーーー
ーーー

古風な文化の謙虚なところが好き。
古風な人。

ーーー
ーーー

説明したくなるような特徴も先進性もない。
ただ、ただ上質な時間、上質な空間。

ーーー
ーーー

突きつけるのだ。
検討をしたかどうかを問うのだ。
その第一歩の半分くらいなのが、かなり大切なときがある。

ーーー
ーーー

モンティ・ホールの問題で、(下のほう参照)
”間違えて”しまう程度の男気/女気のある人が好き。

人間性は合理性じゃないところにあり、
知性は、人間性を失わないところに答えを見出すのだと思う。

そう、例えば「男に二言はない」のだ。
そういう非合理な選択行動が結婚制度なんかを成立させてたりもするのだ。

ーー問題ーー

あるところに、お金持ちと結婚したいSさん(27歳女性)がいました。
やや焦り気味の彼女のために、既婚者の女友達が学生時代知人を集めて
3対3の飲み会をセットしてくれました。
幹事も同席して7人の飲み会です。
Sさんは男性陣とは初対面ですが、
幹事から事前情報では、男性3人のうち一人は資産家で、あとの二人はフリーター。

さてひと段落して席替えの頃合。
Sさんは、誰が金持ちなのかまだ手がかりをつかめていません。

そこへ幹事が来てSさんにささやきます。
「誰にも決めないなら、誰も手に入らないわよ。
 一人答えを決めて私に教えてごらん。
 読みが合ってたら、なんとかくっつけてあげるから」

Sさん、
「んんん、よくわからないけど。じゃあ、B君で」

幹事、
「そうね。えーっと、実際のところ、A君はフリーターなの。

 ここで、もう一回聞くけど、B君でいい?C君に答えを変えてもいいよ」

Sさん

「そうだなあ、、、



さて問題です。Sさんは、答えを変えるべきでしょうか。
(純粋に確率の問題として、どちらが得か考えてみましょう)

ーーー
ーーー

帰り道に寄ったまる金ラーメンが旨かった。

(僕が合理的だとはとてもいえない)

ーーー参考

モンティ・ホール問題の解説
[PR]
by kuniakimat | 2006-07-09 22:31 | Comments(3)