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533 芸について



      創     贈     形


      新     課     技


      真     機     明

 
      深     慮     魅



ーーー

「創・贈・形」の揃ったものを作ることができているだろうか。

創るだけでなく、作ることを大切にする。

ーーー

芸に限らず、
作るとき(農作、作文、資料作成、作品制作など)には
いつも忘れないように自省する。
 
・創る:本物の価値であるか
ー新しいか
ー真実の芯を捉えているか
ー深みがあるか
・贈る:役に立つか、喜ばれるか
ー機をとらえているか
ー課題として応えるべきものであるか
ー慮り、よい感想を意図しているか
・形:よく出来ているか
ー技の凄みがあるか
ー明快に伝わるか
ー魅せる面白さがあるか



ーーー追記ーーー

講演やプレゼン、パフォーマンス、芸能や作品、
日々触れる様々な、すごいもの、へんなもの、面白いもの。
本当に心からいいと思えるもの、は多くないけれど、
そいうのはやっぱり、創贈形が揃ってるなと思う。
やっぱり、なんか違和感のあるものは、贈が足りないことが多い気がする。

ーー補足ーー

真実の芯を捉える三観


       像


       真

  構         流   
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by kuniakimat | 2005-11-30 21:46 | 表現・伝達観 | Comments(0)

211 言葉の水路

(表面張力と重力と浸透圧)

ただ、流れ、溢れ、水をたたえていればいいんだと思う。
命に形なんていらないんだと思う。

けれど、命が決壊したときには、形の水路が必要なんだと思う。
 
 進む形、離れる形、つながる形のこと。

干上がった泉にいち早く気付いて注ぎ込める水でありたいと思う。

 (こんなことは書いて形にしなければ良かった。
  この水路はどこにもつながっていない。)

でも、僕は形で、命を受け取ることを知った。

人間のことは人間が教えてくれる。

失われてから大切さに気付く、というのはあたっているけれど、
本当は、失われるからこそ大事なんだと思う。

とにかく、不幸な人を作らないこと。
そのために生きる、といってもいいんだと思う。


 必要なときに
 水路を作る言葉のこと

そこに流れるもののこと
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by kuniakimat | 2005-11-29 11:36 | 表現・伝達観 | Comments(0)

321 球に加わる力のこと

押し込めてくる力に

とがって突き刺すのでなく、
壁を厚くするのでもなく、

内側の充実が外への力になるように。
丸くぴんと張ったボールが
どこでも気持ちよく跳ね回るように。




ーー追記ーー


最近、イメージで考え事をするので、
メモ帳にもいろいろ書き付けていてるのだけど、
言葉ではうまく伝えられずもどかしい。
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by kuniakimat | 2005-11-25 11:08 | 人生観 | Comments(0)

212 僕が○○を信じない理由について

一番大事なことは、不明瞭に語られる。
分かったなら、完成されたなら、それはもう大事な”オオゴト”ではない。
作用し得ないものについて意識をさくのはつまらない。
完成されたものに生はないし、完成されたものを語ろうとは思わない。

分からないけど重大だから、大事なのであって、
明瞭に語られることがあってもいいけれど、
不明瞭に語られることのほうが大事なんだと思う。

生で不明瞭なものを大切していこうと思う。
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by kuniakimat | 2005-11-20 11:22 | 表現・伝達観 | Comments(0)

212 境界の話

僕は果ての話ばかりしていた。

彼女は家のことを考えていた。

ーーー

いつも形は境界でつくられる。
前進も後退も、それが中心で決められることであったとしても
境界に関するものであることには違いない。
壁を作るのも握手をするのもいつも境界のうえだ。

境界で僕の形はできあがっている。
境界は広がったり、押し込まれたりしながら僕の形をつくっている。

僕は境界の話ばかりしていた。
(でも、僕は真ん中にいて、世界の形を想っている。)





ーーー夢の話ーーー


王様は宮殿で地図を広げて、国の形を考えている。
王様は前線の話をした。国の形は、いつも境界で決まっていたから。
森が燃えた話や、砂漠に線を引いた話をした。
王様が、西へ進め、といったら、国は西に広がったし、東に進め、といったら東に広がった。
王様は宮殿の上から街と山を眺めるのが好きだった。
中央広場はたくさんの人で活気付いていた。

王様は満ち足りていたけれど、もっと遠くも見てみたくなった。
戦士を信じることができなかった王様は、
自分で北の前線に赴くことになった。
王様は強かったから、北の領地は広がっていった。
王様は、握手することもできたし、やっつけることもできた。
とにかく、王様の国は北に伸びていった。

王様は国の地図を見なくなっていたし、
宮殿のことはすっかり忘れていた。

王様は進むのが楽しかった。
北の地には見たことのないものがあった。
進むことが楽しかったし、見たことのないものが楽しかった。
王様は握手したり、やっつけたりしながら、北へ進んでいった。

戦士たちを元気づけるために、王様は理由が必要だと思った。
王様は、北の地に幸せがあるといった。
王様の国は、蒸し暑くて不幸せだといった。

遠く離れた宮殿のことはどうでもよくなった。
王様の領地は北に長く伸びていった。

ーーーメモーーー

声が届かない長さ、留守
敵を倒すと領地になる。資本主義
地図、お城の話はつまらない
果て、どんな形になりたかったのか
エルサレムの3元、国の豊かさ


ーーー追記ーーー

聞こえてくる音から分かるのは、
戦いの意図よりは、
誰と戦っているか、なのだと思う。

前へ進む境界の言葉なのか、
後との訣別の壁の言葉なのか、
あふれ出す命をやりとりする水路なのか。

やっぱり、誰に囲まれて、誰に対して、生きているのか、
というのが、とても大事。
それ以外に何があるのだろう、と思えるくらい。
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by kuniakimat | 2005-11-19 12:04 | Comments(0)

322 悟性で観る

理性は語る道具にすぎなくて、

伝えたいと思うのは、悟性が観たものだと思う。

ーーー

考え抜くっていうのは、
論理で突き詰めることではなくて、

本気で腹からそう思えるようになることだと思う。
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by kuniakimat | 2005-11-19 10:22 | 考え方観 | Comments(0)

222 無自覚な価値観と数字について (グローバルリッチリスト)

リッチリスト

年収が5倍になったら幸せだろうか。

ーーー

絶対的価値観がないから、相対的価値観に陥る、
のかというと、そういうわけでもない。

自分の位置づけを、相対的な数字に結びつけるんだとしても、
どんな全体のなかでのどんな数字で観るのか、というのは
主観的なものだし、個人の任意によるものだと思う。
尺度には絶対的な意味が必要だから、絶対のない相対なんてものはない。

数字でものを語る人は、価値観を持っていないのではなくて。
けれど、自分がその数字を語る理由としての
ある価値観を露呈していることに無自覚であることは多いと思う。

自分の価値観に無自覚なのは、日本人に顕著な気がする。

自分自身の前提に無自覚で困ることの一つは、
議論ができないことだと思う。
互いの主張の根拠を分かり合えないまま、異質同士が手を取り合うのはとても難しい。
だから、もし異質を楽しんだりするなら (みんなするけれど、海外旅行とか)、
自分の価値観を少なくとも自覚し、できれば伝えられるようにしておくといいかもしれない。

それができた上で、実現の手段としての数字を語る、というのは本物のかっこよさだと思う。

ーーー

どこまで本気でいっているのか分からないけれど、
「俺たちは世の中の上位x%」なんていう発言が
ときどき聞こえてくる。

そこに逃げ込みたくなる気持ちの裏には
多分、別にある本当の価値観での挫折や欺瞞があるように思う。

リッチリストは、自分が拠り所にしようとしていたかも知れない何か、
と端的に突きつけてくれるし、
その数字を動かすことが”全体”の中でどのくらいの”意味”があるか、
も見せてくれる。

年収が5倍になったら幸せだろうか。

別にある、本当の価値観はなんだろうか。
その実現の手段としての数字を語る、というのは本物のかっこよさだと思う。


ーーー追記ーーー

下流社会なんて言葉が流行ったり、
年収300万時代だとか、二極化だとかよく目にする。
だから、どうした、と思う。

年収300万、をグローバルリッチリストで見てみるだけでも
少しは捉え方が変わるかもしれない。

それから、二極化なんていうのは、
一般的な視点でとても当たり前なんじゃないか、と思っている。
人間は生物として淘汰を経て進化してきた。
その多くは生殖のパートナー獲得における淘汰だったのだと思う。
けれど最近では、戦争/殺人の減少や一夫一婦制によって、
命の淘汰はなくなったと捉えられると思う。
いくら”下流”であろうとも、子供は残せないことはない。
つまりは、命の数の面での淘汰、量の淘汰はなくなっているといえる。
けれど、その分なのか、質の淘汰はより強くなっているのではないか。
強い種が、異性の強い種を選ぶ、弱い種はあぶれ物の弱い異性の種と結ばれる。
これが何世代にわたって繰り返されれば、
質の格差が拡大するのは、極めて当然の帰結ではないのだろうか。

と、ちょっと思いついただけのことを語気強く書いてみましたが、
どうなのかな。質の格差拡大の必然性について。
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by kuniakimat | 2005-11-19 10:08 | 雲丹の刺(違和感) | Comments(2)

735 働くということ

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ーーー追記ーーー

理性と感性の二元論に陥りすぎる。

自分がどう観るのか、をおろそかにしていないだろうか。


ーーー追記 2005.12.1ーーー


本当に、理性の人と、感性の人が多い。
意味を見出すことができなくなって
ぐるぐる回ってしまう。

ーーー

大事なのは、
自分の世界を持つことではなくて
自分の世界観を持つことなんだと思う。

ーーー追記ーーー

伝え方について

客観的な正しさや、情に訴えるという、理性、感性アプローチもあるけれど、
そうすることでどうしても欠損や虚飾が生じてしまうから、
発信者の信によって伝えるという、悟性のアプローチが大切なんだと思う。
信念と信頼。

僕は、論理的でないし、よい語り手でもないけれど、
なにかが伝わっているんだとしたら、
僕なりに築いてきた信によって伝わっている場合だと思れるので
それはとても嬉しいことだと思う。

ーーー追記2006/1/5ーーー

これを越えるフレームワークは、そう簡単に作れるか分からないし、
作らなくてもいいような気がしてる。

少なくともしばらくは、これでやっていけそうだなと。
もうちょいブラッシュアップはするだろうけど。

フレームという理性においては、レバレッジポイントを通過して
定めるから育むのフェーズへ。


ーーー

「美しく温かいフレームワーク」 にはまだもうちょいだけど。
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by kuniakimat | 2005-11-18 18:54 | 考え方観 | Comments(1)

423 人生の意味

について問われた。

それがあるんだとしたら、

僕の人生の意味は
 僕がこうありたい。
 僕が美しいと思う。
 僕が最高だと思う。
 その世界を守る。

ということだと、今日は思った。
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by kuniakimat | 2005-11-18 18:48 | 人生観 | Comments(0)

222 旅の道連れ

こんなものは、全然答えじゃないし、作品でもない。
僕の部屋から見た景色でもないけれど、
旅の途中に見えたものではある。

全部伝えることなんてできないし、
クライマックスを伝えることもできない。

けども、全部じゃなくても、ちょっとだけでも
旅の景色を分かちあう仲間がいるっていうのは
心の支えになるし、楽しいもんだ。

ーー

言葉は心を伝えきれないし、考えて凍らせてしまったりもするけれど、
それでも僕らは言葉を使う。
深く潜るときにも時々息継ぎが必要だし、
高く上るときにも止まり木が必要で、
それより何より、言葉があると一緒に考えることができる。

それを、共考とかコラボレイティブシンキング、とか呼んで
大事だなと思っているんだけど、
それってつまりは、一緒に旅するってことなんだな。

ゴールについたから、とか果てを見たから、っていって
そこに旗や記念碑を建てたり証明写真を撮るというのもある。
でも少なくとも僕はゴールなんてしてないし、ゴールなんてものがあるとも思っていないし、
だからといって、旅の途中を黙って過ごすわけではない。

多分みんなゴールしてない途中にいるんだと思うし、
その途中に見えたような気がしたものを共有したり確かめあったりして、
一緒に進んでいくっていうものなんだろう。

だから、当たり前だけれど、そういう会話は作品や表現ではなくって、
ただ、旅の友達との励ましあいというか、営みなんだと思う。

ーー

長くなったけれど、そういうわけで、
旅の途中で、どこにもたどり着いていないけれど、
自分が見ているものを生で共有するって、やっぱいいのかな。
と思ったりしている今日。

それにしても、やっぱり、会話がしたいので、
共感とか批判とかなんでもいいのでコメントなんかもらえると嬉しいなと思っています。
 構えて、打って、受ける。
 流れ出したら、流れ込む。
 アウトプットしたらフィードバックをうける。
そういう言葉の循環みたいなのが、大切だと思うこのごろです。
何気ない感想が、書いて乾いた心を潤してくれます。

ではでは。また進みつつ。

ーーー


「どうして自分を責めるんですか?他人がちゃんと必要なときに責めてくれるんだから、いいじゃないですか」 (アルバート・アインシュタイン)

たしかに、他者からの否定に向き合っていないから、自己否定してしまうのかもしれない。
これはちょっと意外な視点。さすがアインシュタイン。

というわけで批判もよろしくお願いいたします。
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by kuniakimat | 2005-11-17 21:59 | 表現・伝達観 | Comments(0)