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時間の密度

一緒に快適な時間を過ごす、または
話ができる、分かりあえる、ために必要なのは、
時間の密度が近いことなんじゃないかと思う。

関心の方向性がある程度違うことは、
難しさになることもあるけれど、刺激にもなってよい。

でも、時間の密度が違う人と、一緒に時間を過ごす、のは
大きなストレスを感じてしまう。
そんなこと言ってちゃいけないのだろうか。

ーー

では、時間の密度、はどのようにして決まるのか、
というのを考えたくなるのだけれど、

考えるまでもなく、密度を決める最大要因は、
目的の有無だと思う。
志なのか、成果への責任なのか、目標なのか、
とにかく、目的を持って人生を生きているか、or Not なのだと思う。

その目的の種類や、ストレッチの度合い(志の高さ)によっても変わってくるけれど、
まずはその有無。

人に会う時間にしろ、オフィスにいる時間にしろ、
目的を持っているときとそうでないときで、密度は何倍も違う。
実感しやすい例でいくと、
読書やネットサーフィンの生産性が、目的の明確さによって何十倍も変わる。

密度が高い人は、意識的にしろ、無意識的にしろ、
目的と、それにあった時間の感度を持っている。

だから、逆に時間への感度を見れば、
その人の目的の有無、生産性、生き方の密度までが分かるように思う。

時間への感度は、時間管理のしかたから直接も見えるし、
次の思考へ進めるスピード感、アウトプットへの意識の仕方からも、にじみ出る。
ゆるい人のゆるさは瞬時に伝わる。

ーー

一方で、自分の速度をそのまま伝えない、というのも大人のやり方だとは思う。
そいう見せ方のコントロールは身につけておこう。

ーー

当然、ONとOFFはあって、OFFは時間への感度をOFFにすることが大事なんだと思う。

ーー
ーーー

初対面の人に、34歳ぐらいですか、といわれた。

ーー追記ーー

目的なんていらない。
そのこと自体を楽しめ
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by kuniakimat | 2005-08-31 19:46 | 仕事観 | Comments(4)

ブランド参謀

ブランド参謀、というあり方なのかな、とふと思う。
いいかも、と思う。

もうちょい考えてみよう。
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by kuniakimat | 2005-08-31 19:12 | ブランド論 | Comments(0)

飲みメモ

父親と飲んだ。

父は、その人であるからなのか、親子だからなのか分からないけれど、
そのときの僕にまさに必要な助言をくれる。

3ヶ月に一回くらい飲みにいく、頻度としては”Weak tie"なのだけれど、
とても貴重でありがたい時間。感謝。

ーーー

・相手にしている人間によって自分が作られていく
 仲間として、上司として、顧客として

・あいつに相談すれば何とかなる、といわれる領域を持つ

・存在意義がないものが、存在する意味を主張する、という、
 どうしようものなく破綻した思考。
 一方で内発的な存在への欲求も認めていく
 
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by kuniakimat | 2005-08-31 11:41 | 日常の気分 | Comments(0)

次の仕事

What's done is done.

ポジティブに次の一手にどんどん動く。

ネガティブなままじっとしているのはあり得ない。いうまでもない。

少しだけ、反省。曖昧さを残したり、我慢してるのはよくない。
やるならやる、でちゃんと伝える。やらないなら、早く見切って次へ動く。
中途半端に曖昧さを残すのはやめよう。
中途半端さが何も生まない葛藤や軋轢やエネルギーロスを生む。

もう中途半端なことはやらない。

ーーー

ブランドはもう少しやりたいなと思う。
ブランド戦略なら、あいつに聞けば分かる、という領域にする。
そいう領域を持つと強い。
自分としても、この分野なら、経験に基づいた直感でコメントできる、
という領域があるとずいぶんやり易くなる。

ーーー

会社に何かを期待するのはもう完全にやめてしまって、
プロの個人として仕事の責任を果たしていく。
所属はどこでもいいのだけれど、
生産的なディスカッションができる刺激的な仲間と仕事がしたい。

ブランドコンサルとして、プロジェクトベースで仕事を請けようかな、と思う。
最初なので、お試し価格、ビール二缶で、とまではいかないけど、
なんか、案件ありそうでしたらお知らせください。

ーーー

今週末、関西に帰る予定です。
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by kuniakimat | 2005-08-31 11:04 | 日常の気分 | Comments(1)

さて遊ぼう

プロジェクトの最終報告は、ありえないくらいのスムーズさで終了。
かなり大きな戦略のシフトを含む提案になったのだけれど、
毎週ファシリテーションスタイルで、一緒に検討する形をとったのが奏功した。

しかしなんだかんだ、この成功のポイントは、一枚のキラー分析にあったのだと改めて思う。
プロジェクト2週目に、かなりいろんな視点からの情報をざっと集め、
深堀せずに、ざーっとあたりをつけていった、アウトプットのない熟成期間に、
おし、きた、と思えたシンプルな一枚のチャートがあって、
結局のところ、一番最後までそれがキラーチャートになっている。

ーーー

、、と書きかけだけれど、ちょっと飲みにいこっと。

ーー追記ーー

225通りの恋愛、とか言い続けていると
どんどんモテなくなっていくな、という気がした。。。

コンサルティングを続けていると、当事者としての魂が抜かれていく、気がした。
そうなんだろうか?

ーーー

頭で分かるユーモア
Tシャツ
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by kuniakimat | 2005-08-30 23:40 | 日常の気分 | Comments(0)

昼休みメモ 違和感から自分を解放するとき

ここ数ヶ月、いろんな違和感について向き合い、その背景を考え、
ビジネスモデルの違いだとか、価値観の違いだとか、
で整理して、理解しようとしてきたのだけれど、

ある先輩は、さらりと言ってのけた。
「あの人は、人として小さいからしょうがないよ。」

んー、大人だ。
よいのか悪いのか、ふっと力が抜けた。

たしかに、そうだ。そう片付けてしまえる。
 自分の利益のためにしかものが考えられない、
 相手に対する提供価値の視点をもてない、
 物事を多面的に捉えられない、
 意義や目的について考えられらない、
 全体観や長期的な視点をもってビジョンを描けない、
というのは、そうなってしまった背景はともかく、
人として小さい、小者だ、という一言で言い表せてしまう。

小者に真摯に向き合い、深く理解しようとする努力は、果たして実りを結ぶだろうか。

違和感から学ぶ、ことが大切なときもあるけれど、
くだらないものは相手にしない、という姿勢も、
自分の人生を有意義に過ごすには必要なのだ、
と思った。

ーー

ただ、切り捨てたいのではなくって、みんな、大きくあろうよ、といい続けたい。
まずは自分自身が、大きく、美しく、充実した自分であることからだけれど。
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by kuniakimat | 2005-08-30 13:33 | 雲丹の刺(違和感) | Comments(0)

仕事 基本

当たり前の違いを書く。

「これやったら、いいことあるから、プロである我々にぜひやらせて下さい」
 というのと
「プロとして見て、あなたたちはこうあるべきだと思う。こうやってください」

というのでは、課題や問題解決の踏み込み方がまったく違う。

(プロジェクト受注のための)企画提案のプレゼンテーションと
(プロジェクトの成果としての)戦略提案のプレゼンテーションは
あまりに当り前だけれど、まったく別ものである。

承認を求める提案と、行動を求める提案では、
求められる納得感と具体性のレベルがまったく違う。

身に染み付いた提案姿勢の違いは、ビジネスモデルの違いから来ていて
代理業務で儲けるビジネスなら、前者の姿勢になるし、
コンサルフィーで儲けるなら、当然後者になる。

コンサルをやっているつもりなら、
提案後に、顧客が動けるところまで踏み込んだ提案をしなければ話にならない。
提出する成果物は形式上、報告書であるけれども、
それを成果だと思って、きれいに作りこんでいるようでは話にならない。
コンサルティングの成果は、クライアントが変わり、クライアントが成果を上げることだということを忘れてはいけない。

提案の出来を、成功の基準にしない という基本
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by kuniakimat | 2005-08-30 10:38 | 仕事観 | Comments(0)

仕事

おし、今日は最終報告。

ちゃんと価値を届けよう。
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by kuniakimat | 2005-08-30 09:36 | Comments(0)

日曜の夜

明日からの仕事に向けて気合が入り始める。

大音量で音楽をかける。

ひさびさにつけたテレビで友人が笑っているのを見る。

もう27歳、もうくすぶってる場合じゃない、と思う。

とにかく、思いっきりやってみよう、と思う。

おし、やろう。
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by kuniakimat | 2005-08-28 20:35 | 日常の気分 | Comments(0)

否定への”否定” (解毒カタルシス)

ーー前書きーー

憤りや違和感、混乱。歪んだ心への接触。
そこから自分を取り戻すために、時間を要してしまう。
解釈して整理するために書く文章。
こういった解毒のカタルシスは、読んで気持ちのよいものではない気がする。
けれど、毒への対処法や気持ちの整理の方法、だとか
自分が毒に陥らないためのヒントにもなるかもしれない。

しかし、いちいち、解毒にこんなエネルギーを使っているのはいかがなものか。
心の持ち直し方、にはまだまだ改善の余地があるんだろうな。

ーー追記ーー

解毒剤は美味しいものではないけれど、
それを用意しておくことで、無益な苦痛を回避することができる。
もやもやしたときは、一度、ぐっと考えて、
再現性のある解毒としての「解釈」にまで落としておく。
そうすると、次からの同様な状況への対応が、スムーズにいくのではないか。

ーー本文ーー

他者への否定、攻撃というのは
自分を肯定したい、防御したい、という気持ちの表れでしかない。
攻撃的な姿勢からにじみ出てしまうのは
劣等感であり、自信のなさ、不安に、突き動かされる哀れな姿。

他者を否定している暇があったら、
自分自身を肯定できるように、自分に正直に、自分らしく自信を築く努力を重ねること。

自分の基準で他者を評するのはとても簡単なことで、
誰しもそれぞれの基準で生きていること、を理解できていない浅はかさ、
独りよがりな姿勢を露呈するにすぎない。

自分の基準からの他者評が意味を持つのは、
自分自身に発信者としての信頼性が獲得されている場合に限られることを知るべきだと思う。
発言のスタンスから、その発信者が信頼に値するかどうか判断できることも多い。


今、僕が今書いたことは、ある類の他者への否定を含んでいて、
その裏側には、自己肯定、防御の意図がある。

ただ、僕は僕のメディアにおいて、自分の基準を明らかにした上で、
僕からの評価を、僕の責任において、示すことができる。
僕は僕自身の意図を、示すことができる。

僕はこう考えることにより、醜き劣等感、という感情からの感染を防御している。

防御しようとする思考の副産物として、普遍的な理を知り、メッセージも得る。

劣等感にさいなまれ、攻撃性を持つ暇があったら、
自分に正直に、自分の基準をもって、満足できる自分であること。
相手の基準から見て自分がどう移るか、想像力を持つこと。

自分自身への警鐘として

自己信頼のある人間の愛からは、否定は発信されない。
否定的な感情が、どこから生まれてくるのか、
それは自分自身に問い、向き合うべきことだと思う。

ーーー

僕は「否定」を否定しようとしている。
この文章は機能しない。

そこへ陥った理由は、
醜き、劣等感、不安感という感情の感染。

ーーー

ただ、汚れずにいること、純潔に気高くいることには、
まだ全面的に肯定する気持ちにはなれてないのが本音。
それは現実に向き合うことや、清濁併せ呑む強さから逃げること、
かも知れないと思っているから。

いや、でも、違うな。
気高い志を持つこと、魂を売り渡さないこと、は譲っちゃいけないな。
目的は汚れてはいけない、と思っている。

汚れた感情からの、感染を防ぐべきで、
強い殺菌力を持つことや、ごみダメに近寄らないこと、は必要なのだと思う。

ーー

ただ、その純潔であろうとするスタンスが、
ごみダメの住人からどのように見えるか、ということを気にしてきた。
悪臭を撒き散らしながら、強く繁殖するごみダメの中でも通用する自分になろうとしていた。

しかし、果たしてそんなもの気にする必要があるのだろうか。

僕は、僕の基準で、納得のいく生き方をすればいいんじゃないのか。



また、自分の中に、自己肯定のための他者否定のどす黒い感情を見てしまう。
他者を見るから、濁り始める。

いずれにしても、他者否定のエネルギーは、
自己の充実へ振り向けられるべきものだと思う。
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by kuniakimat | 2005-08-28 16:27 | 雲丹の刺(違和感) | Comments(1)