カテゴリ:日常の気分( 97 )

なんとなく日記

文学とは何か、について書かれた本を読んだ。

僕にとって新鮮だったのは、その著者の作品の作り方が、
伝えたいことや考えが明確になってから形を整える、というのではなくって
小説を書くなかで考えることが求められ、その運動が小説を形作るのだということ。
また読む側も読むプロセスやその時間こそに意味がある、ということ。

そんなことは当り前なのかもしれないし、また違う捉えかたもあるかもしれないけれど。

僕はなるほどなあ、と思って
文章が生であることの意味をまた思い出した。

今こう感じているこの瞬間に、書きながら考えて、その時間を読む人とも共有する。
そういう文章のあり方ってなかなかいいじゃないか、と思う。

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だから、独り言の日記みたいなのでも、(ブログのことね)
むしろそいうのだからこそなんか意味があるんじゃないか、とも思う。

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一方で、僕がこうやって書いてしまうのは、隣に誰もいないからであって、
思ったことを何気なく共有できる人がいたらもっといいんだろうなあ、とか思っている。

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金・土と前職の同僚とたくさんお酒を飲んで楽しかった。
合コンの反省会でもミーティングのような生産性を発揮していて気持ちがよい。
基本的にポジティブで向上心がある人たちの集まりで、
かつ基本言語(議論の進め方を含む)を共有してるって圧倒的に強いなあ、と思った。

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日曜夜恒例の六本木ヒルズのTSUTAYA散歩。

先日、留学を控えた友人が、場の力の重要性を説いていたんだけれど、
本当、そうだなと思う。

ヒルズのTSUTAYAは独特の場の力を持っていて、
やっぱり来てる客のエネルギーレベルや意識レベルが高いし(多分社会的な地位も)
本のセレクションもセンスを重視してて心地いい。
(いやそんな特別いいわけじゃないけど、少なくとも安っぽいビジネス書がないとか)

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最近は仕事で平日の半分くらいは大阪にいます。

大阪にいくだけで浮き浮きしてしまう。
大阪のおっちゃんが好きだし、すれ違う女の子も可愛く思える。

なんでなのかよく分からないけれど、
最近明らかに原点回帰というか地元/家がいいなあ、と思う。
アメリカ的なものに関心がなくなって、東洋思想的になったり、
日本の文化に関心を持ったり、関西人の良さを強く感じたり。
(こう書くとちょっと排他的というか閉じてる感じもするんだけど、
 やっぱり、無理しない自然な自分って日本の関西の自分なんだろうな、と思う。
 多分、みんなそいうもんなんじゃないだろうか。)

基本的にはみんな家に帰ってくるんだと思う。
判断するのは、いつ帰り始めるか、であって、
東京を果てとして帰り始めるのか、
ニューヨークを果てとするのか、
宇宙を果てとするのか、
それは判断なのかもしれない。

地理的な果てに関しては、僕はまあもういいかなあ、と思ってるんだろうな。
ちょっと早いなという気がしないでもないけれど。

合コンなんかでも、40歳くらいの落ち着き、と言われてしまうのは、
もう帰り道気分なのが出てるのかもしれないな。

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脈絡なく話が変わりますが
鏡の法則
”読んだ人の9割が涙した話”という紹介文でした。

内容についてはコメントしないですが、
なぜ”涙した話”が、よいものなのか、ちょっとひっかかったので考えてみた。

僕は涙っていうのは、決壊による心の水の流出、みたいなもんだと思っていて、
例えば、つながっていた水路が引きちぎられたときに流れたりする。愛別離苦だとか。
他には、ずっと我慢してた溜め込んでいた感情を一気に開放するとき、ダムの決壊みたいに涙が止まらなくなる。

多分、この話は後者に関係していて、
登場人物が頑なに守っていた心の壁が取り払われたときの洪水が、
読み手にまで流れ込んでくる。
(脳科学ではミラーニューロンというので説明できるらしいのだけれど、
 感情とか意識っていうのは、他者と直接共有される)

そしてその洪水が、読み手自身が抱えている同種の壁にも亀裂をいれてるのかもしれないなあ、と思う。
その壁はやっぱり、いつか取り払ってしまうべきものだったんだろう、
と直観的だけれど、そう思う。

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親との関係の話、ここ一年よく見かけた気がします。

どうしてオカンは面白いのか

東京タワー

毒になる親

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まとまりのない記事になってしまった。寝ようっと。
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by kuniakimat | 2006-01-30 00:56 | 日常の気分 | Comments(3)

332 今日のバランス

「構・打・受」  活動

・自分で生み出して備えたり
・気になるものに働きかけたり
・与えられるものを待ったり

一日の中で、一ヶ月のなかで、バランスをとっていく。
僕の場合、ちょっと「打」が弱い。
ちゃんと人間相手に打ってフィードバックをもらうという循環が大事なのだ。
放出はよくない。

フィードバックのあるフローの世界へ
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by kuniakimat | 2005-11-15 11:21 | 日常の気分 | Comments(0)

002 血液型占いについて

「僕はA型だからさ、結構ね、慎重なわけですよ。簡単にいい加減な占いとか信じたりしないんだよね。血液型性格診断とかさ。」
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by kuniakimat | 2005-11-14 21:06 | 日常の気分 | Comments(0)

211 メモ

ゆらぎの魅力

強さとは、偽物を見分けること
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by kuniakimat | 2005-11-14 10:47 | 日常の気分 | Comments(0)

211 おじさん化について

「そんなもんだよ」 「だからどうした」 (村上春樹)

本を読んで気に入ったというより
最近そういう風に考えるようになっていた。
そのことに気付いた。

おじさん化の進行に抗うのも困難になってきたので、、
CMOとかCWO*でも目指してみるのもいいかもしれない。

(*choi mote oyaji , choi waru oyaji)

ーーー追記ーーー

堀紘一さんの講演でのフレーズでも、聞いてて気持ちいいなあ、と思ったのが
「日本は、そういうふうにできてるんだから」
という言い切りだった。

見切る、ということは、思考停止でもあるけれど、
悟りとか、覚悟とかを含んでいて、大人だなあ、と思う。
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by kuniakimat | 2005-11-13 01:27 | 日常の気分 | Comments(0)

泡沫 1108

終わりの言葉


書いたらお終い

終わらせるために書く

終わりから始める

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創・贈・形の言

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内から外へ
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by kuniakimat | 2005-11-09 14:45 | 日常の気分 | Comments(0)

泡沫 1107

しばらく漂う。

読みたいものを読み、
考えたいことを考え、、

○○たいけれど、○○。

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なかなか無計画なのだけれど、
没頭できる、というのは
実はなかなかに幸せなもんだな。

多分僕は考え事に没頭するのが
大好きなのだろう。

そうかもしれないし、
そうじゃないかもしれないけれど、

没頭しているうちは、
そんなこと決める必要もない。

飽きるまで没頭してみよう。

ーー

考え事を営む、営みを楽しむ

ーーー

仕事も営楽

ーーー追記ーーー

追果営楽開好
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by kuniakimat | 2005-11-08 13:25 | 日常の気分 | Comments(0)

332 脱ぐために凍らせる 

「だいたいニーチェはつねに自分の哲学を更新登録しつづけた哲学者だった。よくいえば、自分の哲学を螺旋的に上昇発展させていったのであり、あからさまにいえば昨日の思索の矛盾などものともせず、明日や明後日の方向のなかで強引に消化していった。石ころでも鉄釘でも呑みこんだ。そして、その嚥下のたびに強烈な問いを発した。たとえ呻吟する思索がいまだ矛盾や欠点をかかえたままであっても、そうした途中の思索を後方に蹴って、前方に飛び出すのが平気だった。とくに自分自身の「生」をたっぷり含む認識論をつかって次のステージに飛び移るのがうまかった。」 (松岡正剛 千夜千冊)

そこから抜け出すために、形にするのもよい。
自分に含まれる生のものを観察することは難しい、
脱ぎさって、抜け殻となったときに初めてそれを批判的に見ることができる。
訣別のために一度、形にするという方法は機能すると思う。

命の成長は、適切な頻度の脱皮によって支えられているというイメージを持つ。




ーーー蛇足ーーー

 見ていて痛々しい脱皮もある。
 かさぶたを剥がし続けるような、同じ皮を脱ぎ続けるような言語化の取組みを繰り返し、
 弱々しくなった中身からなお、命を絞りだそうとする。
 もし前に進みたいのなら、
 形にするのは脱いで終わらせるためだ、と思っているのがいいかもしれない。
 逆に硬い皮にくるまって、その外へ広がる可能性を閉ざす人もいる。

 言ったことは忘れること、同じことを何度も言わないこと、
 というのもいいかもしれない。
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by kuniakimat | 2005-11-07 18:52 | 日常の気分 | Comments(0)

泡沫 1106

すもぐり中。
深く碇を降ろす。

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無責任な影響力を行使しない。

営楽の日々。
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by kuniakimat | 2005-11-07 18:40 | 日常の気分 | Comments(0)

営楽の日々 2005年9月~10月 201

事実を並べるという意味について。実験。

考える、のもいいけれど、遊ぶ、とか、関わる、とかいうのは
いつでも大事なことだと思います。

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・愛知万博
・サイパン旅行
ーダイビング
ーサンセットクルーズ 
ーゴーカート
ーディスコ
・東京ディズニーランド
・浅草屋形船宴会
・奥湯河原温泉
・御殿場アウトレット
・東京モーターショー
・能楽鑑賞
・イサムノグチ展
・ダ・ヴィンチ展

・オトナの文化祭 参加・出品

・生旅飲み主催
・戦略勉強会主催

・結婚パーティ余興
・結婚パーティ参加
・ハロウィーンパーティ
・お見合いパーティ参加

・大阪出張
・福岡出張

・その他 各種飲み
・○○
・△△

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by kuniakimat | 2005-11-05 09:07 | 日常の気分 | Comments(0)