カテゴリ:引用メモ( 10 )

引用メモ 製品とは

***

ドイツ人が発明して

アメリカ人が製品化して

イギリス人が投資して

フランス人がデザインして

イタリア人が宣伝して

日本人が小型化して

中国人が低価格化して

韓国人が起源を主張する

***

http://blog.livedoor.jp/warata2ki/archives/50022250.html
[PR]
by kuniakimat | 2006-01-16 15:38 | 引用メモ | Comments(0)

412 勉強メモ 抽象と具体の両立

***

世界をありのままに見る能力と、シンボル化する能力は両立させることが難しい。
実際、(サヴァン症候群の)ナディアは、言葉をしゃべることができるようになるにつれて、驚くべき絵を描く能力を失ってしまった。

(茂木健一郎「脳の中の人生」)

***

理性と悟性と感性の間にある緊張関係について、
ここしばらくいろいろ考えていた。

脳科学的に言ってもやっぱり事実として緊張関係はあるらしい。
養老さんの「無思想の発見」のなかでも、
「概念世界」と「感覚世界」をどうつなぐかについて書かれていて、なるほどなあと思った。

このブログで半年ほどまえ、「世界観と愛」について書いたことがある。
フレームや言葉を駆使することによって、感覚や心が失われていく実感を自分自身で何度も味わっている。
巧言令色に仁がすくないと思っているし、、雄弁でないからこそ芸術家になるのだとも思ってきた。
半端なコンサルタントに情緒や芸術性が欠落しがちだとも思う。

旅から帰ってきたとき、何を得たか、という質問に言葉で答えたくないという気持ちも多分それに関係している。
ビジネスにおいて、抽象的な数字を扱うマネジメントが現場の感覚を忘れる、
というのも、そういうことかもしれない。

これらの理由が、脳の構造にあるのかどうかは僕には分かるはずもないけれど、
個人的な感覚の仮説としては、イメージとフレームとストーリーの物理的な関係や、
情報の不確実性云々といった物事の性質、という観点から説明できるような気がしている。

そういう原理がどうしようもなくあるとして、
自分としてはどうすればいいんだろう。
2者の間に(同時には成立しにくい)違いがあるときに、
その関係を前向きに生産的に、もうちょっと言えば、自然に美しく、捉える、
のが大事なんだと僕は思っている。
それを対立と捉えるのではなくて、補完的なもの協力的なものだと捉えたいと思う。

僕は、最近はイメージ思考に凝っているので、例によって、
この関係もメタファーで書いてみると(これまでも何回か書いてきたけれど)
言葉やフレームといった抽象的な概念世界というのは水路であって、
リアルな感覚や命というのはそこを流れる水なのだと思っている。

 ちょっと一般的な感覚とは逆になるかもしれないのだけれど、
 抽象的な情報ほど不変のもので、具体的に目に見えるものこそ不確実で
 僕が定義するところの「命」なんだと思う。
 (だから命がないものであるところの情報というものはさほど重要だと思っていない)

僕がこの比喩を好きなのは、水と水路の協力関係だと思う。
本当に大切なのは命だ、という前提があるとしたとき(僕はそう思っている)、
言葉や形式なんて必要ない、というか、それによって命が損なわれているような気がしていた。
(実際、そうなんだろう)
けれど、(以前に「生きる意味」で書いたんだけれど)
たくさんの水を速くヤリトリするには水路が有用で、
命はそれを助けるものとして、水路である言葉を使い始めたのだと思う。

イメージは腹落ちの一助であって、検証ではないけれど、
命と言葉は補完関係、協力関係にある、とと捉えていいんじゃないかと思う。
とても当たり前だけどね。

 (言霊、というのは、水路とそこを流れる水を合わせた、やりとりのことを言っている。)

だから、何を言ってみようとしてるかというと、
いや、別に何も新しいことは言おうとしていない。
こんな感じだよね、というだけのことなのだと思う。

水路には渡す先(相手)が必要で、
相手のいないところにメッセージなど存在しえないのだ。
[PR]
by kuniakimat | 2006-01-16 11:24 | 引用メモ | Comments(0)

女性について メモ 312

「ーー略ーー 女性のそれは、肉体の奥処に深く埋没しているのである。男のセクシュアリティには一定の距離があるから、彼はこの距離を知ることができるが、女は隠れた自己のセクシュアリティに対して、完全に意識的であることは難しいといわねばならない。女性特有の、ほとんど無意識的なナルシシズムも、ここから生ずるだろう。女のナルシシズムとは、いわば自己の内部に潜在していて、いつでも男に与えることができる快楽の、可能性の感覚なのだ。
 女の性とは、だから、一言を持って定義するならば、欲望されるところのものである。他者への依存性、つまり「娼婦」性こそ、女性的宇宙を特徴付けるものにほかならない。娼婦の性は他者に依存している。買わなければ顕在しないが、しかし一方、買われることを期待しつつ、期待だけで生きることができるのも、娼婦の特権というものであろう。もちろん、娼婦と言ったからとて、この言葉に貶下的な意味をこめているわけではなく、ただ、男性が自己の裡にその原理を所有しているのに対して、女性はその原理を他者の裡に託さざるを得ない、といったほどの意味であるとご承知おき願いたい」
(澁澤龍彦『エロスの解剖』)

以前、女性が心理売春と取れるような振る舞いをすることに対して、もやもやしたものを抱えていたのだけれど、
いろいろ考えた結果、それが女性として生きること、そのものなんだ、と思うようになった。
売春という言葉を使うと否定的だと捉えられそうだけれど、
ただ、女性は男性より大きな性の価値を持ち、それを交換したり、期待させたりして生きている、という、ただそれだけのことなのだと思う。それ対してネガティブな気持ちはない。

なんてことを言うと女性に嫌な顔をされることもあった。
その背景には、僕の見方が偏っているという部分はあるけれど、
女性の自身の性への無意識性による部分もあるかもしれない。

よく分からないけれど、上の引用文は、僕がもやもやと考えていたことを
ばさっと言い切っていて、立ち読みしながらちょっと驚いてしまった。
ほんとに分かりやすい説明ではあるが、
それが”正しい”解釈なのかどうかは、多分別の問題だろう。
そのうちまた考えるかもしれない。


もう一つ、依存性についても、理解していなかった。
女性というはその成り立ち上、依存するのは当然のことらしい。
ただ、依存がいきすぎて、スポイルして対象を破壊してしまうリスクについては、注意したほうがいいんだろう。
行き過ぎた場合、共依存になったりする。

僕にも依存傾向や共依存傾向があるように思う。
[PR]
by kuniakimat | 2005-11-02 10:35 | 引用メモ | Comments(0)

repertoire 「いとしのエリー」

いとしのエリー

泣かしたこともある 冷たくしてもなお
よりそう気持ちがあればいいのさ
俺にしてみりゃ これで最後のLady
エリーMy love so sweet

二人がもしもさめて目をみりゃつれなくて
人に言えず思い出だけがつのれば
言葉につまるようじゃ恋は終りね
エリーMy love so sweet

笑ってもっと baby むじゃきに On my mind
映ってもっと baby すてきに In your sight
誘い涙の日が落ちる
エリーMy love so sweet
エリーMy love so sweet


あなたがもしもどこかの遠くへ行きうせても
今までしてくれたことを忘れずにいたいよ
もどかしさもあなたにゃ程よくいいね
エリーMy love so sweet

笑ってもっと baby むじゃきに On my mind
映ってもっと baby すてきに In your sigh
みぞれまじりの心なら
エリーMy love so sweet
エリーMy love so sweet

笑ってもっと baby むじゃきに On my mind
映ってもっと baby すてきに In your sigh
泣かせ文句のその後じゃ
エリーMy love so sweet
エリーMy love so sweet
エリーMy love
エリー

(サザンオールスターズ)

ーーー

高校の文化祭で歌った曲。
歌詞の意味なんて全然分かってなかったんだなと思う。
[PR]
by kuniakimat | 2005-10-24 20:51 | 引用メモ | Comments(1)

repertoire 「Sign」

Sign

届いてくれるといいな
きみの分かんないところで 僕も今奏でてるよ
育たないで萎れてた新芽みたいな音符を
二つ重ねて 鳴らすハーモニー

「ありがとう」と「ごめんね」を繰り返して僕ら
人恋しさを積み木みたいに乗せてゆく

ありふれた時間が愛しく思えたら
それは“愛の仕業”と 小さく笑った
君が見せる仕草 僕に向けられてるサイン
もう 何一つ見落とさない
そんなことを考えている



たまには無頓着な言葉で汚し合って
互いの未熟さに嫌気がさす
でもいつかは裸になり 甘い体温に触れて
優しさを見せつけ合う

似てるけどどこか違う だけど同じ匂い
身体でも心でもなく愛している

僅かだって灯りが心に灯るなら
大切にしなきゃ と僕らは誓った
めぐり逢った すべてのものから送られるサイン
もう 何ひとつ見逃さない
そうやって暮らしていこう

緑道の木漏れ日が 君にあたって揺れる
時間の美しさと残酷さを知る

残された時間が 僕らにはあるから
大切にしなきゃ と小さく笑った
君が見せる仕草 僕を強くさせるサイン
もう 何ひとつ見落とさない
そうやって暮らしていこう
そんなことを考えている

(Mr.Children)
[PR]
by kuniakimat | 2005-10-24 20:48 | 引用メモ | Comments(0)

repertoire 「One more time,One more chance」

One more time,One more chance


これ以上何を失えば 心は許されるの
どれ程の痛みならば もういちど君に会える
One more time 季節よ うつろわないで
One more time ふざけあった 時間よ

くいちがう時はいつも 僕が先に折れたね
わがままな性格が なおさら愛しくさせた
One more chance 記憶に足を取られて
One more chance 次の場所を選べない

いつでも捜しているよ どっかに君の姿を
向いのホーム 路地裏の窓
こんなとこにいるはずもないのに
願いがもしも叶うなら 今すぐ君のもとへ
できないことは もうなにもない
すべてかけて抱きしめてみせるよ

寂しさ紛らすだけなら
誰でもいいはずなのに
星が落ちそうな夜だから
自分をいつわれない
One more time 季節よ うつろわないで
One more time ふざけあった時間よ

いつでも捜しているよ どっかに君の姿を
交差点でも 夢の中でも
こんなとこにいるはずもないのに
奇跡がもしも起こるなら 今すぐ君に見せたい
新しい朝 これからの僕
言えなかった「好き」という言葉も

夏の想い出がまわる ふいに消えた鼓動

いつでも捜しているよ どっかに君の姿を
明け方の街 桜木町で
こんなとこに来るはずもないのに
願いがもしも叶うなら 今すぐ君のもとへ
できないことはもう何もない
すべてかけて抱きしめてみせるよ

いつでも捜しているよ
どっかに君の破片を
旅先の店 新聞の隅
こんなとこにあるはずもないのに
奇跡がもしも起こるなら 今すぐ君に見せたい
新しい朝 これからの僕
言えなかった「好き」という言葉も

いつでも捜してしまう どっかに君の笑顔を
急行待ちの 踏切あたり
こんなとこにいるはずもないのに
命が繰り返すならば 何度も君のもとへ
欲しいものなど もう何もない
君のほかに大切なものなど

(山崎まさよし)


ーーー

歌は、感傷を肯定してくれるんだろうか。
決して前向きとか生産的とは言えないような、
ちょと女々しく、かっこ悪いような心情のとき、
そんな自分が許されたような気分になる。

ーー追記ーー

自分の言葉で語る力さえ残っていないとき、
歌が助けてくれるのかもしれない。
[PR]
by kuniakimat | 2005-10-24 20:47 | 引用メモ | Comments(1)

repertoire 「Day dream believer」

Day dream believer

もう今は 彼女は どこにもいない 
 朝早く目覚ましが鳴っても       
そういつも 彼女と 暮らしてきたよ 
 ケンカしたり 仲直りしたり

ずっと夢を見て 安心してた 
僕は Day Dream Believer
そんで 彼女はクイーン

でもそれは 遠い遠い思い出 
 日が暮れてテーブルに座っても  
今は 彼女 写真の中で 
 やさしい目で 僕に微笑む  

ずっと夢を見て 幸せだったな 
 僕は Day Dream Believer
そんで 彼女はクイーン

ずっと夢を見て 安心してた 
 僕は Day Dream Believer
そんで 彼女はクイーン

ずっと夢を見て 今も見てる 
 僕は Day Dream Believer
そんで 彼女はクイーン

ずっと夢を見て 安心してた 
 僕は Day Dream Believer
そんで 彼女はクイーン

ずっと夢見させてくれてありがとう 
 僕は Day Dream Believer
そんで 彼女がクイーン  

(ザ・タイマーズ)

ーーー

心境に関係なく歌い続けてるお気に入りの曲。

高校生のころ、これを歌っていたら、
母親が
「そんな、振られた後の女々しい歌はいややわー」
って言ってたのを思い出した。

引きずるのがいいかどうかはさておき、
かけがえのない時間を共有した相手に対して、
ありがとう、と思えるようになる、っていうのは、
本当に、とてもとても大切なことだと思う。

感謝できない人は、永遠に一人ぼっちなんだと思う。

僕はそのことに、気付いて、○○○○○○○。


 
[PR]
by kuniakimat | 2005-10-24 20:45 | 引用メモ | Comments(1)

repertoire 「涙のキッス」

涙のキッス


今すぐ会って見つめる素振りをしてみても
何故に黙って心離れてしまう?
泣かないで 夜がつらくても
雨にうたれた 花のように

まじで怒った時ほど素顔が愛しくて
互いにもっと分かり合えてたつもり
行かないで 胸が痛むから
他の誰かと 出逢うために

涙のキッスもう一度  誰よりも愛してる
最後のキッスもう一度だけでも 君を胸に抱いて

いつも笑った思い出だらけの二人にも
夜風がそっと恋の終わりを告げる
悲しみの時は 過ぎるけど
きっと明日の 夢は見ない

涙のキッスもう一度  誰よりも愛してる
最後のキッスもう一度だけでも 君のために送る

ふられたつもりで生きて行くには
だめになりそうなほど悲しみが消えない

涙のキッスもう一度 誰よりも愛してる
さよならは言葉にできない それは夏の運命
涙のキッスもう一度 誰よりも愛してる
最後のキッスもう一度だけでも 君を抱いていたい

(サザンオールスターズ)

ーーー

昔から一番よく僕の歌を聞かされている(かわいそうな)うちの弟が
「兄ちゃん、歌、うまなったなあ」といってくれて、嬉しかった。

練習なんか全然してないし、声量も間違いなく落ちてるんだけれど、
歌を歌うために大事なことは、そんなのと全然違うところにある。

まあ、にしても、ギターが弾けるとか、ちょっと歌い方を知ってる、
っていうような、型を持っていると、本当に必要なときに役に立つのでよいなあと思った。
[PR]
by kuniakimat | 2005-10-24 20:41 | 引用メモ | Comments(0)

repertoire 「Baby, it's you」

Baby, it's you

It's not the way you smile that touched my heart.
It's not the way you kiss that tears me apart.

Uh, oh, many, many, many nights go by,
I sit alone at home and I cry over you.
What can I do.
Can't help myself, 'cause baby, it's you.
Baby, it's you.

You should hear what they say about you, "cheat," "cheat."
They say, they say you never never never ever been true. (cheat
cheat)

Uh oh,
It doesn't matter what they say,
I know I'm gonna love you any old way.
What can I do, and it's true.
Don't want nobody, nobody, 'cause baby, it's you.
Baby, it's you.

Uh oh,
It doesn't matter what they say,
I know I'm gonna love you any old way.
What can I do, when it's true.
Don't want nobody, nobody, 'cause baby, it's you.

Baby, it's you.
Don't leave me all alone...

(The Beatles)

ーーー

直球というのは、
浅はかな単純化なのか、
人間の本質というのは単純なんものなのか。

今あらためて見ると、すごい歌詞だ。。

高校のときによく歌ってた、ちょとマイナーな曲。
[PR]
by kuniakimat | 2005-10-24 20:39 | 引用メモ | Comments(0)

紹介 スティーブ・ジョブス氏のスピーチ 

今更ながらあえて紹介。
一つの文章がこんなにあちこちで紹介されてるのを見るのは初めてな気がする。
こういうものの著作権の問題がどうなのかはよく分からない。
とりいそぎ。

畢竟、生き方に勝る表現などない。

ーーー

アップルコンピュータ創立
CEOのスティーブ・ジョブス氏のスタンフォード大学卒業祝賀スピーチ

原文


 PART 1 BIRTH

 ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。

 本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。

 私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヶ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ?ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。
 私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。育ての親は大卒でなくては、そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私がポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。彼らは「もちろん」と答えました。
 しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出ていないわけです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したので、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。

               ◆◇◆

 PART 2 COLLEGE DROP-OUT

 こうして私の人生はスタートしました。やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。そうして6ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。
 そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。だって退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。

 夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラの瓶を店に返すと5セント玉がもらえるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレクリシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。
 しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。

 ひとつ具体的な話をしてみましょう。

               ◆◇◆

 PART 3 CONNECTING DOTS

 リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至るところ、ポスター1枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。もう普通のクラスには出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。
 セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしいフォントを実現するためには何が必要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私はすっかり夢中になってしまったんですね。

 こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。だけど、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。
 もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったことになります。

 もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、
 あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。
 そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。

 もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

               ◆◇◆

 PART 4 FIRED FROM APPLE

 2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。
 私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でした。がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになったんです。
 自分が始めた会社だろ?どうしたらクビになるんだ?と思われるかもしれませんが、要するにこういうことです。アップルが大きくなったので私の右腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1年かそこらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうことです。しかも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。
 自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、私はもうズタズタでした。数ヶ月はどうしたらいいのか本当に分からなかった。自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、そう感じました。このように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人ぞ知る著名な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。
 ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでした。アップルでのイザコザはその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんです。

 その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。
 それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。
 ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。

 思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。

 アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。でも患者にはそれが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ
一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。

               ◆◇◆

 PART 5 ABOUT DEATH

 3つ目は、死に関するお話です。
 私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。
「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。
 自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。
 君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。

               ◆◇◆

PART 6 DIAGNOSED WITH CANCER

 今から1年ほど前、私は癌と診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。
 医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。生きて3ヶ月から6ヶ月、それ以上の寿命は望めないだろう、と。主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符牒)です。
 それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。たった数ヶ月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。それはつまり、さよならを告げる、ということです。

 私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を突っ込んで中を診てもらったんですね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からなかったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありがたいことに今も元気です。

 これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。

 以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、そうあるべきことだから、そういうことになっているんですよ。何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。
 君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。

               ◆◇◆

 PART 7 STAY HUNGRY, STAY FOOLISH

 私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。
 それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。
 スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。
 最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay hungry, stay foolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。「Stay hungry, stay foolish.」 それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

Stay hungry, stay foolish.

ご清聴ありがとうございました。

the Stanford University Commencement address by
Steve Jobs
CEO, Apple Computer
CEO, Pixar Animation Studios

翻訳 市村佐登美
[PR]
by kuniakimat | 2005-10-17 11:46 | 引用メモ | Comments(2)