カテゴリ:考え方観( 21 )

411 美しく温かいフレームのこと

理性、悟性、感性、どこから見ても中心にあるもの。
三元で捉えた本質。

形化の技を磨いて業をなす。

夢は一元の果てではなく、三元の豊かさ。

・美しく温かいフレーム
・大きく温かいイメージ
・美しく大きなストーリー

悟性で捉えた本質を感性で暖めてフレームの形に流し込むのだ。

美しく温かいフレームを作ろう。


ーーー蛇足ーーー

その統合の技を身に着けることが必要なんだろう。
2つをつなげるならば
 たとえば写真に文章のフォトエッセイ。
 たとえば構造をもった物語。
 たとえばフレームに配置された世界イメージ。
だとかがある。
そういう二元同士をさらに紡ぎ上げて
豊かな三元のものを作れるんじゃないか。
そんな夢を見ている。

ーーー
[PR]
by kuniakimat | 2006-01-04 18:21 | 考え方観 | Comments(0)

200 語る理由のひとつ 三元から

なんとなく観る

とりあえず語る

それらしさを照らす

ーーー

悟性、感性、理性の三元から本質に向かう方法として、
その順番のありかたを考える。

語らなければ、照らすことが難しい。
語る意味の一つはそこにある。
[PR]
by kuniakimat | 2005-12-06 13:17 | 考え方観 | Comments(0)

200 自他理を捉えること

やっぱり、

自他理をどのように捉えるのか、というのが、ほとんどの前提となるくらい大事なんことなんだろうな、と思った。それぞれどういうものなのか、どのように関係しているのか、どのように混ざり合うのか、、

自分と他者と世界について
[PR]
by kuniakimat | 2005-12-06 13:11 | 考え方観 | Comments(0)

200 最近、書いてみたものについて

思想みたいなものは、だいたい仮想なのであって、

問題になるのは、どんな仮想を持って生きていくと楽しそうか、
ということのような気がしている。

なんにしても、必要に迫られてなのか、試しになのか分からないけれど、
いくつかの世界を仮想していた時期だったんだと思う。

ーーー

多分、そういうのって結構大事。

ーーー

仮想とか、実験とか
[PR]
by kuniakimat | 2005-12-05 16:06 | 考え方観 | Comments(0)

322 悟性で観る

理性は語る道具にすぎなくて、

伝えたいと思うのは、悟性が観たものだと思う。

ーーー

考え抜くっていうのは、
論理で突き詰めることではなくて、

本気で腹からそう思えるようになることだと思う。
[PR]
by kuniakimat | 2005-11-19 10:22 | 考え方観 | Comments(0)

735 働くということ

c0040873_14375139.jpg



ーーー追記ーーー

理性と感性の二元論に陥りすぎる。

自分がどう観るのか、をおろそかにしていないだろうか。


ーーー追記 2005.12.1ーーー


本当に、理性の人と、感性の人が多い。
意味を見出すことができなくなって
ぐるぐる回ってしまう。

ーーー

大事なのは、
自分の世界を持つことではなくて
自分の世界観を持つことなんだと思う。

ーーー追記ーーー

伝え方について

客観的な正しさや、情に訴えるという、理性、感性アプローチもあるけれど、
そうすることでどうしても欠損や虚飾が生じてしまうから、
発信者の信によって伝えるという、悟性のアプローチが大切なんだと思う。
信念と信頼。

僕は、論理的でないし、よい語り手でもないけれど、
なにかが伝わっているんだとしたら、
僕なりに築いてきた信によって伝わっている場合だと思れるので
それはとても嬉しいことだと思う。

ーーー追記2006/1/5ーーー

これを越えるフレームワークは、そう簡単に作れるか分からないし、
作らなくてもいいような気がしてる。

少なくともしばらくは、これでやっていけそうだなと。
もうちょいブラッシュアップはするだろうけど。

フレームという理性においては、レバレッジポイントを通過して
定めるから育むのフェーズへ。


ーーー

「美しく温かいフレームワーク」 にはまだもうちょいだけど。
[PR]
by kuniakimat | 2005-11-18 18:54 | 考え方観 | Comments(1)

221 実験の姿勢について

いつだって答えなんてないから、
たくさんの実験をしながら進んでいく。

だから、実験というものについて理解を深めておこう。
少なくとも、同じ実験を何度も繰り返しても仕方がない。

結果が見えたなら、変化がなさそうなら、
もうその実験に意識をさいていたって仕方がない。

試行錯誤には、やっぱりどんどん進む姿勢が必要だ。
[PR]
by kuniakimat | 2005-11-13 09:45 | 考え方観 | Comments(0)

212 内から外へ メモ

言葉は外からの閉じ込める力

 内側から心が世界へと開き、滲み出してく。
 自分が世界へ溶けていく。

 外からの圧力が自分の形を作っていく。

溶け出したり、押し込まれたりしながら、
自分の輪郭はいつも曖昧にうつろいゆく。


内面を見つめる言葉は、自分の形を決めて閉じる側の行為。

ひとり語る日記は、客観・理という外側からの視点を持って自分を見るという形成の行為。
見せるための表現は、他者という外側からの視点に対する自分を形成する行為。

内側を覗き込むことが人間を理解することではなく、
内側からこの世界を見ることが大事なんだと思う。

ーーー追記ーーー

言い方の問題かもしれないのだけど
こういう、AでなくBっていう考え方が好きじゃない。

外から内を見ることも、内から外を見ることも大事。
もうちょっというと、
自他理での三点バランスをとりたい。

自から他を感じること
 他から自への感想を意識すること
理から自を眺めること
 自が理の枠組みをもって世界を理解すること
[PR]
by kuniakimat | 2005-11-08 16:46 | 考え方観 | Comments(0)

3点定義の言葉たち 実験

旅は、
 会:思いがけない出会い
 家:帰るべき場所
 果:限界の拡張

人は、欲・愛・旅
欲は、金・女・力
言は、創・贈・形
考は、像・理・考
習は、想・活・道

経済は、費・生・市

ーーー

漢字は意味を持っていて、
文章による誤魔化しがない。
[PR]
by kuniakimat | 2005-11-07 19:25 | 考え方観 | Comments(0)

432 外から見るもの 

今の自分を生きられないことについて

 記録するのは、今でないいつか(未来)に認めてもらおうとすること。
 今、現時点を認められていない代償。

 表現するのは、自分でない誰かに認めてもらおうとすること。
 自分が自分を認められていない代償。

今を生きられないものは、評価におびえ、形にすがる。
外からしか自分を、生の今を捉えられない。
そうして、写真をとったり、言葉に頼ったりすることになるのだけれど、
そんなものはあなたではなくて、命のない抜け殻に過ぎないのだ、と僕は思う。

自分の内側から、外を見る、という姿勢をとらないのはどうしてだろう。
まず自分が自分を認め、その信頼のうえで、自分が、世界を見る。
それでいいんだと思う。

ーーー

このテーマはまだよく分からない。
ただ、多分、内から外を見ることができるようになったら、
ずいぶん自然に楽しくいられるんだな、と感じている。

また考えてみよう。

ーーー追記ーーー

多分、内側から外を見る主体としての「自分」に信頼がないときに、
外側から内を見るようになるのだと思う。

僕は、内側からがいいなと、感じているのだけれど、
仮にそうだとしたら、まずは、自分を受容し、信頼することから始めればいいと思う。
[PR]
by kuniakimat | 2005-11-06 20:06 | 考え方観 | Comments(1)