33歳

さて、33歳になった。

大きな、大きな1年だ。


考えたことのない大きさに呑みこまれたとき
支えになるのは家族であり友人であり書物であり
それでも一番大事なのは自分自身の真実に向き合う心なんだと思う。

使うべきは力でなく心なんだと思う。
その心を支えてくれるのが、また人の心であり、
それでも一番大事なのは真実に向き合う自分の心なんだと思う。


縁。不思議なもので、意図も予期もせぬきっかけから
今の自分にためにあるとしか思えない人や考えに出会う。
(意図したものは逆にうまくいかないことも多い)


年末大掃除をしながらたまたま聴いたお笑いのポッドキャストで紹介されていた小説を読んだ。
人間の真実、自分の人生に向き合って考え、整理していくうえで
こんなに有難く感じた本は他にない。

「彼は、真実の中にこそ美がある、と言いました。たとえ、顔をそむけたくなるほど恐ろしい美であっても、と。城門の前で語る講釈師は人の世を薄めて語る。怠け者、愚か者、弱い者の耳にも甘く響くように手加減をする。だが、そんなことをすれば、怠け癖や、愚かさや、弱さを助長するばかりで、何も教えず、何も癒さず、心は天に飛ばない・・・・・・」

「この世のことはすべからく不確実だが、これだけは確実だと思う。人は、表面的には欠点だらけでも、心の内では善良でありたい、愛されたいと願っている。人が犯す悪のほとんどは、愛されようとして近道をとった結果にほかならない。才能や力や天分がどうであれ、もし死ぬときに愛されていないなら、その人にとって、自分の生涯は失敗の生涯であり、死は冷たい恐怖であるに違いない。思いや行動に二通りの道があり、一方の選択を迫られたとき、人はいずれ来る死を思うのがよい。自分の死が世界に喜ばれるのか、悲しまれるのか。前者につながる生き方は避けなければならない。
 物語はひとつしかない。すべての小説も詩歌も、人の内部で善と悪が際限のない戦いを繰り広げていることから生まれる。思うに、悪には絶えざる再生産が必要である。だが、善は不滅だ。悪の顔は常に若く、新しい。善は世界の何よりも年を経ている」



よき人生は、よき解釈によって成立するのだと思う。
よき解釈は、俄かに受け容れがたい事実も含め
安易に都合よく解釈したり目をそらしたりせず
苦悩しながら真実に向き合うなかで初めて培われるのだと思う。
不都合な真実も受け容れていかなければいけない。
ときに書物など先人の補助線も借りながら。

そしてそれは人生全体で必ず報われる努力なのだと思う。
絶対的な善も絶対的な悪もない。
自他の人生の豊かさを損なってしまうのはひとえに怠慢であり、
結局人生の価値、人生の意味は、誠実に引き受けた重さによって決まる。

 こんな考えでいて、損をすることが多いんだと思う。
 それでいいじゃないかと思う。

 (あ、、、でもこう書いた自分に 
  損してるアピールで少しは得しようとする怠慢な心を見た。。 
  僕はほんとまだまだだ。得をしているほうかもしれない、
  ・・・と書いた自分はやはり損してもいいというタイプの、、、)

 とにかく怠慢が敵なんだと知っておくこと。近道しちゃだめだ。


因果応報。微笑んで死ぬ人生にしたい。


宇宙は/神様は本当のことを知っている。
何より自分が知っている。
自分を騙すのが最大の怠慢であり人生の放棄に他ならない。
そんなことは絶対しちゃいけない。


誠実に、ただただ誠実に。
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by kuniakimat | 2011-01-18 23:59 | Comments(0)
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